悪戯に風が栗色の髪を撫でた。
細くやわらかそうな髪はふわりと風に舞い、少女は恥ずかしそうにその髪を耳へかけなおす。
そして照れたようにほほ笑むと、背中に隠していた小さな箱をゆっくりと前へ差し出した。
「……受け取ってくれる?」
声は震えていた。
箱を持つ指先もかすかに震えていた。
先程まで柔らかい笑みを浮かべていた表情も今はどこか固さがある。
プレゼントを渡すだけだというのに、彼女は必死だった。
バレンタインデー。
それは男にとってはもちろん、女の子にとっても特別な日。
自分の想いを相手に伝える大事な日なのである。
可愛らしくラッピングされた箱は小さなものだけれど、その中には彼女の想いがたくさん込められているのだ。
なのに!
それなのに……!!
「――このゲーム、思った以上につまらねえな」
当の本人はと言うと、興味なさそうにひたすら欠伸を噛み殺していやがりました。
「俺の朱里(あかり)ちゃんが可愛くチョコ受け取ってって言ってんのに、あんたってヤツはああああ!!」
「うるせえな! いきなり騒ぐんじゃねえよ!!」
「うるさいのはあんただ会長! 『なにしてんだコイツ』とか『アホか』とか朱里ちゃんに散々暴言を吐きまくった挙げ句、つまらないだって!? 謝れ! 朱里ちゃんに謝れ! そして俺に謝れえええ!!」
「だからうるせえんだよ!」
「ふぎゃ!?」
自分のお気に入りキャラクターを散々侮辱されたと思えばゲームそのものを否定され。
我慢ならずに声をあげたら、会長に思いっきり拳で頭を殴られる始末。
おまけにゴミでも見るかのような目を向けられた。
俺は全然悪くないのに。むしろ会長が悪いのに。……なにこの仕打ち。
「なんで俺が殴られなきゃなんないんですか!? でもってなんですかその目!?」
「てめえがふざけたこと抜かしてるからだろ! なにが俺の朱里ちゃんに謝れ、俺に謝れだ! てめえはアホか! バカか!?」
「だってそうでしょう! 会長がどうしてもやりたいっていうから仕方なくプレイさせてあげたのに、終始文句ばっか! 欠伸ばっか! 寝る間を惜しんでまで楽しんでプレイしてきた俺はなんなんですか!?」
「知らねえよ! つうかそんな楽しめるようなもんじゃねえだろ、こんなモン!」
「な――ッ!?」
な ん で す っ て ! ?
「どうでもいいから落ち着け。いいから他のゲームすんぞ」
「……」
「大久保?」
「………」
「おい、なにいつまでキレてんだてめえは?」
「うるさいですよ。どーせ、金持ちでイケメンなモテ男になんかに俺達一般男子の気持なんかわからないんです。けっ」
「拗ねんなバカ。つうかそれ、褒め言葉にしか聞こえねえし」
「褒めてません」
「いや、褒めてんだろ」
「褒めてませんっての。……イケメンなんか滅べばいいのに。爆発して消えてなくなればいいのに」
「爆発ってお前な……」
そうやってため息をつく姿も様になるというからムカつく。マジ爆発しろ。
そんな日ごろからおモテになる会長なんかに、俺達のような彼女を作りたくても作れない男子の気持ちなんてわかるわけないんだ。
バレンタインチョコもらいすぎてゲッソリしてる野郎なんかに、母親以外からもらえた時の喜びなんてわかるわけないんだ。義理でも十分嬉しいんだよチョコって……!
こんなことになるなら、「どうせ選ばないだろ」なんてのんきに構えてないで、格ゲーと一緒に除外しとけばよかった。
なんとしてでも会長がギャルゲープレイするのを阻止しとけばよかった。
オススメですなんて言って「朱里ちゃん」を勧めなきゃよかった。
後悔先に立たずとはまさにこのこと。
恨みを込めてひたすら睨みつけていれば、そんな俺の様子に折れたらしい会長がもう一度ため息をこぼす。
「ったく、悪かったな。つまらねえだのなんだの言って。謝ってやるから機嫌直せ」
「随分と上から目線ですね」
「てめえ……」
思ったことを口にしたら、今度は会長の眉間にしわが寄った。
「別にいいんですよ。どうせ、会長には俺の気持ちなんてわからないんです」
「あのな……まあいい、わかった。謝る、ちゃんと謝るから許せ。悪かった。もう文句言わねえから拗ねんなよ」
「……」
「だから悪かったって」
「……」
「ごめんな」
「……」
「すまなかった」
「……」
「……」
「……」
「――オイ、いい加減機嫌直せやコラ」
「うおっ!?」
渋い顔しながらひたすら謝ってくる会長が段々面白くなってきてそのままでいれば、一向に喋り出さない俺に苛立ってきたのか、会長に思いっきり髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回されてしまった。
「ちょ、やめてくださいよ! せっかくセットしたのに!!」
「うるせえ! この俺にこれだけ謝らせといてウンともスンとも言わねえてめえが悪いんだろ!」
「それは自業自得です! 俺は全然悪くないですもん!」
「もんとか言うな! ていうか頭から手を離せバカ野郎!」
「それはこっちのセリフです!」
そんなこんなでお互い髪をグッシャグシャのゴッシャゴシャにしながら再開した言い合い。
よくよく考えてみれば低レベルな、はたから見たらじゃれ合ってるだけにも見えるケンカに夢中になりすぎて、俺達はとんでもない事態が起きようとしていたことに気付くことも、逃れられることもできなかったのである。
「――なにしてんの?」
第三者の介入。
俺の友人兼会長の親衛隊員こと昇が、知らぬ間に部屋へやってきていたのだ。
え、これってもしかしなくても――修羅場?