Report 1

博士とカントー地方へのフィールドワークが決まってから数ヶ月経った。
パスポート発行やら、仕事の引き継ぎなどに追われていた。
私も入ってまだ数ヶ月なのに、突然の長期フィールドワークに付き合うことで他の研究員に迷惑をかけてしまった。
研究員達は「気にしないで。博士をよろしく頼むよ」って言ってたけど、申し訳ない気持ちで一杯だ…せめてお土産でも買ってこよう。
 
「博士、カントー名物と言ったら何でしょうか?」
 
「そうだねー、いかりまんじゅうかな?」
 
「それはジョウト地方のです!」
 
「あれ?そうだったかな。でも、お土産なんて、いいよいいよ」
 
「でも…」
 
「ボク達の研究資料が、一番のお土産だからね」
 
なるほど、と一人納得。
別に遊びに行くわけではないので、それでいいのかもしれない。
それに、カントー地方名物とかあまり聞いたことが無い気がする。
 
「ジョウトとカントーは隣接してるから、行ってみるのも良いと思うよー」
 
ジョウトも色々と見どころあるからねー、と博士。
この人は本当に研究しに旅に出るのだろうか…と疑問で仕方がなかった。
 
そう他愛もない話をしながら荷造り中をしているわけだが……。
 
「プラターヌ博士」
 
「んー?」
 
「荷物、それだけですか?」
 
私がビシッと指差した先には博士がフィールドワークの時に、いつも身につけているショルダーバッグ。
そう……ショルダーバッグただ一つだった。
いやいや、そんな二〜三時間で帰ってくる旅じゃないですよ、博士。
 
「荷物はスリムじゃないとね!」
 
トン、とドヤ顔で愛用のショルダーバッグをデスクの上に置いて見せる博士。
せめてドン、という音ならよかったのに何故そんな軽そうな音がするのか。
 
「スリムすぎます!」
 
一体何が入っているのか見てみると…。
財布…これは必要だよね。
ペン類はメモ取ったりするのに必要だよね……。
分厚い本。見てみるとポケモンの資料。
レポート用紙の束とバインダー、まさか紙でレポート提出?
……だけ。
他に何かを入っていないだろうか、と入口を広げて覗き込んだりポケットの中を隈なく調べたが何も入っていない。
 
「博士!死にますよ!」
 
「やー、大丈夫だって」
 
ポカンと数秒時間が止まったかのように固まる。
はっと我に返り両肩を掴むような勢いで訴えるも、博士はヘラヘラと笑っている。
その無駄にポジティブな思考は何処から湧いてくるのか。
一人で行っていたら、一週間も持たなかったかもしれない。
 
「大丈夫じゃないですって!大体デジタル世代に紙でレポート提出する気ですか!」
 
元々プラターヌ博士はあまりレポートを作成するのにパソコンを使っていない。
研究所で調査するときもバインダーに紙とペンを持ち歩いている。
 
機械に頼りすぎるのも良くないが、パソコン一つあればスペースもパソコンのみで済まされるのだから、ここはパソコンを持って行くべきだろうと思った。
壊れたら元も子もないけど。
 
「博士、そのパソコン持っていかないんですか?」
 
博士のデスクにあるノートパソコンを指差す。
最近あまり使っていないのか、少し埃かぶっている。
 
「パソコン?…ああ、そうか!」
 
と、さっそくパソコンをバッグに入れようとしているのを阻止する。
そのまま入れたら危ないです、とあれやこれや旅先で起こるであろう事を身振り手振り話す。
ミアレの空港は荷物の扱いが雑、なんていう噂も聞いたのだから荷物を預ける段階で最悪故障するかもしれない。
最低でも衝撃吸収するケースに入れることを勧めた。
 
「ナマエがそういうなら」
 
渋々棚からケース取り出すと、パソコンをそこに入れる。
ちゃんとしまえたか確認すると、充電器と一緒にあのショルダーバッグに入れた。
あぁ…やっぱりそのバッグなんですね、と肩を落とす。
 
博士がダメならせめて私だけでも、と荷物を詰め込む。
 
「ナマエ、多すぎない…?」
 
「そうですか?」
 
私がせっせと荷造りしてると、既に準備は終わった博士が覗きこんでくる。
無造作な髪をぼりぼりとかきながら苦笑いする博士。
先ほどの私と似たような心境らしい。
 
「さすらいの旅なんだよ?もっとスリムにしないとねー」
 
「はぁ…」
 
私のイメージとしては、何処か宿とかに宿泊せずに野宿続きの調査と思ったけど、どうやら違うらしい。
 
「数年前の旅、思い出してごらん。荷物はどんな感じだったかなー?」
 
どうやら数年前と同じで野宿を繰り返したり、ポケモンセンターに宿泊したりとする旅の事を言ってるのだろうか。
だとすれば、もっと荷物を少なく必要がある。
博士の言葉はある意味正しいのかもしれないが…。
 
「せめて寝袋とか持って行きましょうよ、博士」
 
「寝袋?ボクは必要無いと思うけどなー、野宿しないようにすれば良いと思うよ」
 
それが出来たら幸せなんですけどね、なかなかそう上手くいかないんですよ……と心の中で呟いた。
私がカロス地方を旅していた時も野宿が殆どだった。
過去の経験上、野宿をしない方が無理がある。
 
「持っていったとしても、ボクのバッグには入らないよー」
 
準備万端!とばかりに既に身につけていたバッグを、パンパンと叩いて持ち物がいっぱいだと言うことを教えた。
 
だったらバッグを変えればいいじゃないですか!と心の中で叫ぶ。
あくまでもそのバッグで旅がしたいらしい。
そんなに思い入れがあるものだろうか、あるいはそれしか持っていないのか。
 
仕方ない、と半ば諦めた。
博士の荷物にはもう口を出さないことにし、自分で何とかすることにする。
本当に必要かどうかを苦渋に考え、結果余分と思われる荷物は取り出し、博士の分の寝袋もこっそりと持って行くことにした。
もし、その時になって困り果てる博士を存分に見た後この寝袋を差し出してあげよう。
一体どんな反応するか今から楽しみで、思わずニヤニヤする。
博士はどうしてそんなにニヤニヤしてるのか理由はわかるはずがなく、疑問符を浮かべるように首を傾げた。
 
「博士、やはりオーキド博士に会いますか?」
 
前に、オーキド博士が云々って言っていた事を思い出す。
やはり会うのだろうか。
 
「そうだねー、カントーに行くからには挨拶くらいはしておかないとね」
 
「じゃぁ、お土産にミアレガレット買って行きませんか?」
 
「ああ、それはいいね!」
 
また荷物が増えた気がした。
 
 
 ***

 
……ーー数時間、荷造りが完了した。
それから息を付く間もなく、ミアレシティの奥地にある空港を目指してバスで移動した。
ミアレシティ中心部から遠く離れた場所にある空港は、とても広い。
ホエルオー何体分だろうか、いや…何百匹、は言い過ぎだろうか。
空港はとにかく広い。
ここに引っ越しに来たとき以来だが、一人で行動すると確実に迷子になる。
博士から聞いた話だが、空港で複数のターミナルで分かれていたり、空港内をモノレールで移動するとか。
 
バスは空港入口付近に停車し、我先にとぞろぞろと人が降りていく。
私も博士からはぐれないよう必死に後を追うように降りていく。
一時間くらいバスに揺られていたせいか、足元がふらふらする。
博士に大丈夫?と心配されたが、これくらい問題ない。
安心したのか、博士はふにゃっと笑った。
今日の博士は白衣を着ていないが、服はいつもと同じ青いシャツだ。
白衣着ていないだけで、新鮮に感じて少しドキドキする。
 
「離れちゃダメだよ」
 
空港に入る前に一言、博士から言われた。
はい、と返事すると手をグイッと引っ張られ中に入ってしまう。
博士の大きな手が私の手をすっぽりと包んでいる。
ちょっと手が冷たい、寒いのだろうか。
 
中に入ると、人とポケモンだらけだった。
主人と一緒に休憩しているポケモンや、椅子の上で居眠りしているポケモン、人に負けず沢山いた。
すれ違っていくポケモンと人をぶつからないように器用に避けて進む。
 
「まずは搭乗チケットを発行しないとね」
 
物珍しくて手を引っ張られながらキョロキョロしている私は、はっと我に返る。
いかにも田舎者です、な振る舞いしていた。
 
プラターヌ博士に誘導されて来たのは発券機の前。
バッグからパスポートを取り出すと、ささっと手続きを始める。
ドジしてへらへら笑っているけど、真剣な顔して作業してる姿はカッコイイ、前々からわかっていた事だが。
 
「ナマエ!パスポート貸して!」
 
「は、はい!」
 
見とれすぎていたようだ。
博士は手を出して待っているので、急かされるようにバッグからパスポートを取り出す。
それを博士に渡すと、発券機に読み込ませた。
読み込みが終わるとパスポートは返却され、またタッチパネルで操作し始めた。
 
どうやら私の分も発券してもらってるらしい。
確かに、私にとっては初めての事で何も分からない。
けど任せてしまうのも申し訳ないと思ってしまった。
 
発券が終わったのか、ピーピーと機械音が聞こえて私の分のチケットが出てきた。
 
「どうぞ、ナマエの分だよ」
 
「ありがとうございます!何だかすいません…任せきりで」
 
「気にしないで」
 
私の気にしすぎかな。
ニコニコと笑う彼に少し救われた。
 
「さて、あとはチェックインと手荷物検査と…」
 
「まだあるんですか!」
 
「大丈夫!あとちょっとだよ!」
 
考えただけで疲れそうだった…。
バスの中で聞いた話だと、機内泊らしい。
しかも、飛行機に半日も乗ることになるとか。
カントーとは時差八時間だ。
久しぶりの飛行機で機内泊…眠れると良いが。
 
そんな私を博士は「さあ、次はこっち」と引きずるように次へと連れて行かれる。
おかしいな、私の方が若いはずなのに何でプラターヌ博士より疲れてるんだろうか……。