Report 1-2

バスを降りた時から殆ど休み無しで移動の繰り返しだった。
手荷物検査なども終わり、あとは搭乗するだけになった。
搭乗案内まで少し時間があるので私達はラウンジで一休みをすることにした。
ふぅ、と一息つくと博士は「飲み物を買ってくるよ」とまた何処かへ行ってしまった。
気を使わせてしまっただろうか……。
 
ふと金属探知機をくぐった時に博士の腕時計が反応して、係員に呼び止められたのを思い出した。
博士は大丈夫、な顔してたけどビービー音がなって、「なんだろうねー」って苦笑いしてた。
ベルトは外したのに腕時計は外し忘れる博士…どこか抜けているかもと一人思い出しクスクスと笑う。
 
大きな窓の外には沢山の飛行機がある。
コンテナをポケモンと一緒に飛行機に詰め込んだり、忙しそうに動いている人が見える。
もしかしてあの飛行機に乗っていくのだろうか、なんて考える。
 
「やー、おまたせ」
 
振り返ると、両手にカップを持ってるプラターヌ博士の姿があった。
一つを私に手渡すと、隣に座った。
蓋を開けると、ほんのり甘い匂いがした。
 
「ココアだよー、やっぱり疲れた時は甘いものだね」
 
「ありがとうございます」
 
「熱いから、ふーふーするんだよ」
 
「はぁい」
 
気の抜けた返事をわざとすると、博士は薄く微笑んだ。
言われた通り、ふーふーして一口頂く。
ふわっとしたココアの甘い味が口の中に広がる。
少し疲れが和らいだように思える。
 
「美味しい!」
 
「それはよかった」
 
笑みが溢れる博士につられて、私も思わず笑顔になる。
すると、私の頭をポンポンとされる。
そのまま頭を小さく円を描くように撫でられる。
突然のスキンシップに身体をこわばってしまう。
 
「少し元気が無いから心配だったんだ。でも、元気出たみたいでよかった」
 
いつもと違う、低い声のトーンで話す博士。
ただの疲れなのだが思いっきり顔に出ていたらしい。
 
最後に後頭部を撫でると、名残惜しそうに手を離すと少し寂しそうに目を細める。
テーブルに置いてあったコーヒーを手に取り、その腕で肘をつくと目を細め窓ガラスの外を遠く眺め始めた。
私も再びココアに口を付けながら、横目で博士の様子を伺う。
彼の視線の先は外の飛行機などを見ているわけではなく、何処か遠くを見つめているようにも思える。
普段なら「ああ、またぼんやりしてる」と済ませるのだが表情が明らかに違う。
何故突然そんな寂しそうな表情をしているのか、疑問だった。
目の前にいるはずなのに、プラターヌ博士が遠くに行ってしまったように感じるくらい離れているように感じる。
手を伸ばせば届くはずなのに、遠い人のよう。
 
「博士?」
 
「……」
 
聞こえなかったのだろうか。
呼びかけても返事もしない、こちらを向くことさえもしない。
やはり遠くを見つめながらコーヒーをちびちびと飲んでいる。
急にどこか別の世界に入ってしまったかのようだ。
 
もう一度呼んでみるも、余程何かを真剣に考えているのか、または都合よく耳の遠い振りしているのか、博士は返事しなかった。
二人の間は沈黙が続いていたが、後ろでは一般客が係員などでガヤガヤしている。
それが雑音にしか聞こえなくて妙に心地悪い。
 
きっと何か考えているんだろう、と思い邪魔をしないようにココアが入ったカップに口付ける。
先程は丁度いい温かさだったのに、少し冷めてきている。
だが味は変わらず、甘くふんわりした味が口内を満たした。
 
「ナマエ」
 
ココアが飲み終わる頃に博士は静かに口を開いた。
返事の代わりに博士の方へ顔を向けるが、やはり博士は遠い目で外を眺めている。
 
「ボクはね、羨ましかったんだ。沢山の友達に囲まれて、カロス地方を旅していたキミが」
 
騒がしいはずのラウンジ。
なのにプラターヌ博士のぽつりぽつりとした声だけが頭の中に入ってくる。
博士が飲んでいたコーヒーが入っていたカップが静かに音を立てて置かれる。
中身は既に空っぽだ。
 
「ボクも昔はカロス地方を旅したんだ。ボクもさ、若い頃はいろんな地方を巡り、様々なポケモンと出会いつつ、土地ごとの味わいに気づいていって…これは数年前にも同じ事言ったね」
 
ははは、と乾いた笑いの声は何処か切なそうだった。
長い睫毛を伏せ、眉を寄せる。
 
「いろんなポケモンに会った。いろんな人に会った。でも、会っただけなんだ。一緒に旅をしてくれた友達は、残念ながら居なかったんだ」
 
別に全く友達が居なかったわけじゃないけどね、と付け足す博士。
これは自分の意思で旅に出たわけであるから後悔はしていない。
けど、どんなに沢山のポケモンに囲まれても、それを競ってくれる旅の友達はいない。
一緒に戦ってくれる友達もいない。
ポケモンと食べ歩きしても、その味を共有できる人間は居なかった。
ポケモンが居るから寂しくなかったけど、やっぱり一人は寂しかった、と博士は語った。
その声は今まで聞いたこと無いくらい、プラターヌ博士からは考えられないくらいか細く、震えた声が発せたれた。
 
「だから出来るだけ多くの人を選んだ。ましてやキミは引っ越したばかりで、このカロス地方を何も知らなくて、この地方の人とあまり交流してないだろうと思ってね、キミを選んだんだ」
 
ボクみたいに、一人ぼっちという寂しい思いをして欲しくないからね、と博士は呟くように言った。
 
「…あの時の旅は、楽しかったかな?」
 
やっとこちらを向いた博士は、笑っていた。
しかしその笑顔は無理やり作っているようにも見えた、口角が少し震えている。
その痛々しい表情に胸が痛く、締め付けられる。
心臓が誰かに握りつぶされているかのように息苦しく、締め付けられる。
 
「…はい、とても楽しかったです」
 
嘘ではなく、本心だ。
確かにお隣さんは事あるごとにポケモンバトルを仕掛けてきたり、ティエルノはマイペースに自分の好きなポケモンを捕まえていて、トロバは誰よりもポケモン図鑑完成に熱心だった。
サナはよく私と一緒に行動していて同性ということもありかなり親密な仲になれた。
カロス地方の場所ごとに思い出がある。
今は皆と離れ離れになってしまったが、今でもあの日を忘れることはない。
あの時の場所に訪れるたびに彼女、彼等を思い出す。
数年経って離れ離れになっても消えず思い出として残っているのはプラターヌ博士のおかげだった。
 
「ありがとうございます、博士」
 
「……それはよかった」
 
話が終わったと思い博士は両手をついて席を立つ。
空になった二つカップを手を取る。
捨ててくるね、と博士が背を向けたので慌てて私は広い背中に向かって声を掛ける。
 
「博士!」
 
ピクリと反応して、顔だけこちらに向けた。
 
何故唐突に過去を語ったかは理解できない。
でも……ただ一つ分かることは、プラターヌ博士は孤独だったということ。
彼のその寂しく、消えてしまいそうな表情を見ているのは胸が引き裂かれるように辛い。
考えるよりも先に口を開いた。
 
「もう一人ぼっちじゃないです!私がいます!ずっと一緒にいます!だからもう、寂しそうな顔をしないでください!」
 
博士の目が大きく目を見開いた。
まるで長年会えなかった人にようやく会えたかのような表情をすると、ぽつりと何かを呟いた気がした。
何て言ったのかわからず、もう1度聞こうとすると視界が揺らいだ。
 
「えっ…」
 
私の身体はプラターヌ博士に抱きしめられていた。
唐突の抱擁に頭がパニック状態になる。
博士の腕、身体、自分の身体全体から彼の体温が伝わってきた。
それは抱きしめられている、ということを実感させらる。
きっとこんな事をしていたら周りから注目を浴びてしまうのに、気になることなど無かった。
 
「ナマエ…」
 
低いトーンの声が耳元をくすぐり、身体が思わずビクビク反応する。
すると、さらにぎゅっと苦しいくらい抱き締められる。
 
「ありがとう…キミを選んで正解だった」
 
私の頭を抱いている手でまた、頭をそっと撫でる。
 
選んで正解だった、というのはこの旅で私を誘って正解ということだろうか。
それとも……。
 
「ぅわっ」
 
頭のなかでグルグルと考えていたらいきなり博士は身体を離した。
だが手だけは私の背中に回している。
まるでこれからキスをするかのように、顔が近い。
 
しかし、私が思っている通りになるのか博士は私を真剣に見つめている。
本当にキスするのだろうか?
唐突すぎて心の準備が全然出来てないので、あわあわとする。
本当に?今ここで?
そんな事を考えている間に博士は徐々に顔を近づけてくる。
やけくそ気味に眉間にシワが寄るくらい瞼を固く閉じる。
 
「なんてね、ドキドキした?」
 
「えっ」
 
目を開けると、いつものように朗らかに微笑む博士が映った。
私を抱いていた腕を離すと、無造作に跳ねている髪を搔く。
 
「いやー、でもドキドキしちゃったよ。まるでプロポーズみたいだったね」
 
「ぷろぽ…!?」
 
今になって自分の発言の大胆さに気づく。
 
言葉にし難い恥ずかしさが襲い、頭を抱える。
私の頭の中では自分の言葉がループする。
頬が火照ってきたので、恐らく顔は赤くなっている。
穴があったら入りたいとはまさにこの事。
 
そんな屈んで縮こまってる私とは正反対で博士は呑気に笑ってる。
丸めていた身体の背をぽんぽん、と叩かれる。
顔をゆっくりと上げると、申し訳無さそうな顔をしている博士が見えた。

「……からかわないでください…」

ドキドキと高鳴る胸の中、かろうじて発した声は明らかに動揺で震えている。
目を細めてごめんね、と呟いた。
 
「さ、そろそろ搭乗案内されるはずだから、一緒に行こう?」
 
中腰になってまだ屈んでいる私に手を差し出す。
大きい手、だけど指先は細くて華奢、プラターヌ博士の手だ。
ゆっくりと手を伸ばして、指先に触れるまであと数センチ。
という所で私の手は待っていたかのようにギュッと握られる。
どちらかというと細身の男性で、力強さは感じられない博士だが見た目より力が強く、グイッとあっという間に私は引っ張られるように立ち上がる。
私一人を簡単に立ち上がらせるのは簡単なようで、少し誇らしげな顔をしている気がした。
 
博士は握っていた手を一回握り直すと、楽しげに足を踏み出した。
私も手を握られながらだが、遅れないように少し早足で歩く。
すると、ごめんごめんと彼は謝って私の歩幅に合わせて歩いてくれた。