校内を埋め尽くしていたピリピリとした緊張感。二週間にも及ぶ試験が終わり、遂に解放の瞬間が訪れた。


「お、終わった〜…いろいろな意味で。」

「ナンシー、机に顔を付けるのはやめなさいな。」

「今日くらい許して…。」


いつも小言を口にしているナンシーと、今日ばかりは立場が逆転している。彼女の気持ちもわからなくはない。将来に大きく影響するO.W.L試験も終わりを迎え、一先ず肩の荷が下りたのだから喜びも爆発するというものだ。


「あ、セブ!…ナンシー、ごめんねちょっと、」

「はいはい、いってらっしゃい」


頬と机をぴったり付け瞼を閉じたまま、ひらりと手を振られる。私のブラコンっぷりをよくわかっている彼女は止めもしないし、寧ろ呆れているようだった。


「試験お疲れ様、どうだった?」

「どれも手応えがあった。すべてOまでいかなくとも、残りはほぼEだろう。」


ふんっと自信満々な彼に笑みが零れる。元より勉強家で、見えない陰で努力を重ねていたのは私が一番よく知っている。物語では教員になるほどの能力を持っていたのだから聞くまでもない質問だっただろうか。


「リリーが呼んでいた、行くぞ。」


セブルスと同じくらい、いやそれ以上に試験に情熱を燃やしていた彼女はどうだったのだろうか。きっと顔を合わせた瞬間、瞳を輝かせて語りだすのだろう。









今年の始め監督生に選ばれたリリーは、異性からの好意を受ける機会が更に増したように思う。寮を問わず呼び出されている姿を目撃することも多い。
そういえば、ポッターはリリーへ度重なるアプローチを重ねていたはずだがどうなのだろうか。少なくとも私はそんな場面を見かけたことがない。知らないだけなのかもしれない、今度リリーに聞いてみよう。分霊箱に意識を向けすぎて興味がなかったなんて言い訳になってしまう。


「スニベルスの下着を見たい奴はいるかい?」


耳障りな下品な笑い声に包まれる中庭、その輪の中心にはセブルスがいた。ポッターに杖を突き付けられ、木の上へ逆さ吊りにされる瞬間が目に入る。恐れていた事態だった。選択授業がセブルスとは違う、別行動しているときに起きるなんて。


「フィニート!(終われ!)」


手持ちの荷物をぶちまけ駆け出しながら、セブルスへ呪文を放つ。ポッターの呪文から解放されどさりと木から落ちた彼に、更に杖を向けた。


「シレンシオ(黙れ)」


目を見開いて私を見つめるセブルスに、眉を下げ謝罪の念を込める。彼への言い訳はあとでいくらでもしよう。問題は別だ。


「邪魔しないでくれないかな、スニベリーちゃん?」


彼はいつも、人前では私をそう呼んだ。二人きりで対面するときは何故か、ファーストネームで呼ぶことが多いのがいつも気に障る。

彼らは突然の部外者の乱入に戸惑っていたようだが、立ち直ったのか勢いよく杖先が向けられる。ポッターだけではない、後ろにいるブラック達も敵対心剥き出しで戦闘モードだった。明らかにこちらの分が悪い。

湧き上がる憤りに唇を噛み締める。あなた達さえいなければ、なにもかも上手くいくのに!どうしていつも大人しくしていてくれないの。他人の行動が把握できないことなど百も承知、それでも悔しくてやるせなくて涙が滲んだ。


「いい加減、調子に乗るのは止めにしたらどうなの!」


衝動のまま思い切り腕を振り上げる。辺りにパンッと乾いた音が響き渡った。自分がされたことを理解できていないのか、ポッターは右頬に手を当てぽかんとしているしブラックも驚愕したまま動かない。呪いの呪文でも飛んでくると踏んでいたのだろう、あまりに予想外の行動で対処できていないようだった。
ポロリと零れた涙をローブの裾で拭うと、握り締めた杖をポケットへ突っ込みセブルスの手を取った。歩き出せば野次馬達がモーゼの十戒のごとく道を空ける。



「待て、アリア。そろそろ止まれ。」


どれくらい歩いた頃だろうか。呪文が解けたセブルスが腕を引き私を振り向かせる。いつから居たのかリリーもセブルスの後ろで心配そうに顔を覗かせていた。


「……ごめんね、二人とも。」

「取り敢えず座りましょう?」


促され花壇の傍へ腰を下ろすと、両隣へ二人が座る。涙腺が壊れてしまったのか涙が溢れて止まらない。滅多に泣かない私が泣いていることに、二人が困惑しているのが分かる。止めようと思っても、次から次へ流れ出て止められなかった。


「泣かないで、アリア」


ポッターを叩いてしまった左手を、優しくリリーの両手に包まれる。力任せに思い切りひっぱたいたので、私の手もじんじんと痛かった。…あったかい。


「それにしても、アリアがポッターを叩いた瞬間はスカッとしたわ!」

「……見てたの?」

「気づいてセブを助けようと思ったら、弾丸のごとくアリアが駆けていくから驚いたのよ。」


そしたら出ていくタイミング失っちゃって、と眉を下げて謝る彼女に胸を撫で下ろす。二人の仲が壊れてしまわなくて、本当に良かった。よく見れば私がぶちまけた教材を拾い集めてくれたようで、リリーの膝の上に綺麗にまとめられている。


「……セブ、怒ってる?」


ずっと黙ったままの彼を見ることができなくて、怖くて顔を上げられない。怒ってるのかな。


「アリア」


両頬を掴まれぐいっと顔を上げられると、親指で涙を拭われる。かさついた指先が触れるたび大丈夫、と言われているようだった。


「セブ痛い、」

「我慢しろ。…無茶ばかりするな、お前は。」


そのまま肩口へ顔を押し付けられる。後頭部を優しく撫でられ、肺がセブルスの匂いでいっぱいになった。強張っていた身体が弛緩していく。


「鼻水付けちゃうけどいい?」

「ダメに決まってるだろう。」

「ケチ。」


自然と笑みが零れていることに気づいて胸が温かくなった。やっぱりセブルスは私にとって最高の魔法使いなのだ。どんな呪文だって魔法薬だって彼には敵わない。


「あのね、…私、ふたりのことが好きよ。……大好き、」


だからずっとずっと、そのままのあなたでいて。




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