「はい、お待ちどおさま。」


運ばれてきた山盛りのサラダを突っつきながら思考を巡らせる。

今年の夏休み、私とセブルスは漏れ鍋へと身を寄せていた。すべての分霊箱を破壊する時が来た、と呼び出しを受けたのは夏休みを一週間前に控えたある日のこと。
ヴォルデモートの潜伏先を見つけた、この夏休み中に決着がつくだろう。との話をさらりとされ、目を白黒させたのも記憶に新しい。ちょっと待って、展開が早い。

今年の夏休み私たちはマルフォイ家へ招待されていたが、決着の時を迎えるにあたり死喰い人の屋敷で過ごすのは危険だと校長直々に説得されてしまい、何かあった時のために実家へは帰らず、ロンドンへ留まることがあれよあれよという間に決定していた。(ただし、お金はダンブルドア持ちである。そんなお金は我が家にない)


「随分難しい顔をしているな。」


正面に座るセブルスが不機嫌そうに話しかける。騒がしい場所が嫌いな彼を無理矢理連れてきたのが不味かったのか、ここ数日機嫌が悪い。だがセブルスだけマルフォイ家へ見送るわけにもいかず、妹の権力を最大に利用して我儘を通してもらった。


「……ねぇ、セブ。」

「なんだ。」

「今でも、闇の魔術へ未練はある?」


もうこれ以上隠していられない、話し合おう。覚悟を決めた私の行動は早かった。
私たちのいる立ち位置が非常に不安定なこと、リリーが闇の魔術に染まりつつあることへ不信感を募らせていること、後戻りのできない危険な道を辿ってしまう可能性の将来への不安、全てを吐露し本心をぶつけた。今までにない気迫に押されひたすら無言を突き通していた彼は、なにを思っていたのだろう。
セブルスが闇の魔術へ傾倒しいく様をずっと見てきた。生まれてきてから今に至るまで、ずっとずっと隣で。やはり彼に闇は似合わない。リリーと共に、明るい未来を生きてほしい。


「……確かに僕は闇の魔術にしか自分の価値を見出せなかった。」

「セブ、」

「…魅力に憑りつかれ徐々にのめり込んでいったことも事実だ。」

「……。」

「だが、アリアやリリーを失ってまで力を手にしたいとは思わない。」

「っ、」

「天秤にかけた時、どちらが重要かなど考えるまでもないだろう?」


彼の大事な人の中に、自分自身が含まれている。改めてその事実に気づき目頭が熱くなった。過去にダンブルドアが言った言葉が蘇る。私がセブルスを大事に思うように、また、彼も私を思ってくれていた。愛することは、信じることだと。存在価値を見出せなかったアリア・スネイプという人格を、初めて私自身が愛することができた気がする。


"自分自身を認め、愛しておやり、アリア"


ダンブルドアが私に告げた言葉の意味を、ようやく素直に受け止めることができた。









「ねぇ、アイス食べたい…ダメ?」

「…ダイエット中なんじゃなかったのか?」

「いいの!ほらセブも!」


最近サラダばかり食べているのを知っていたため、不審そうに釘を刺される。大丈夫、明日からまた頑張るからいいの。たまには自分を甘やかそう。ダイアゴン横丁をゆっくり回るのは初めてで子供のように浮足立ってしまっている。そんな私に付き合ってくれるセブルスは、なんだかんだ言って優しいのだ。




「きゃぁぁあー!!!!」

「逃げろ!!!」


響き渡る轟音、悲鳴、叫び声。賑やかな街並みが一気に騒然とする。空には曇天が陰り始め辺りを闇が覆い、大きな建物が崩壊し眩い稲妻が走った。地震のように一帯が揺れ出し、立っているのが精一杯な状況だ。一体何ごとなの。


「待て、アリア!どこへ行く!!」


蛇を纏った髑髏の印。空に撃ち上がったそれを見た瞬間駆け出した私を、セブルスが引き止める。全身から冷や汗が噴出し手汗も止まらない。今日が決戦の時だったのだ、恐らくあの辺りでは激しい抗争が巻き起こっていることだろう。なんてことなの。私一人が駆け付けたところで何の役にも立たない。そんなことは分かっていてもこの場でじっとなどしていられなかった。


「どうしても行かなきゃいけないの、手を放して!」

「ダメだ!何があったかわからないが、危険すぎる!行かせるわけにはいかない!」

「お願い…っ!」


ダンブルドア達に何かがあった、間違いない。ホグワーツ生が多く集まるロンドン周辺には強力な防衛呪文をかけてある。大丈夫、心配ない、そう言っていたはずなのに!こんな騒ぎが起きていることさえきっと知らないはずだ。夏休み中に決着がつくと言っていたが雲行きが怪しい。何があったというの、状況が分からなさすぎる、自分の目で確認しなければ!


「インペディメンタ!(妨害せよ!)」

「アリア!!!!」


掴まれていた腕がパシンッと離れるとパニックになった人混みに飛び込む。セブルスには強力な守護魔法が掛かった御守りを渡してある。きっと大丈夫、信じなくちゃ。あの日彼が私を信じてくれたように。
森の中へ足を進める程人は少なくなっていき、周りは妙な寒さに包まれ始めた。おかしい、どうして誰もいないの。杖を構え警戒しながら辺りを見渡す。あんなに騒がしかったはずが、鳥の羽音ひとつしない。


「…アリア、」

「誰なの!!」

「静かに!」


囁くように呼ばれた名前。誰もいないはずの背後へ杖を向ければ、はらりと"何か"が捲れれ突如生首が現れた。ぎょっとして後ずさるが、見覚えのあるその顔に警戒を解く。


「…ポッター、よね?…首が……、」

「とりあえずこっちへ」


捲れた"何か"から腕が伸びてきて中へ引き込まれると、ポッターに抱き寄せられた。彼とこうして話すのは、平手打ちをして以来初めてだったので何だか気まずい。


「これ、」

「あぁ、透明マントさ。周りからは僕たちが見えない。」


初めて目にする透明マントに感動する。少し狭いが我慢できないほどでもない、なんて素晴らしいのだろう。が、抱き寄せられていることに気づき居心地が悪く身じろぎすれば、より一層巻き付く腕の強さが増した。なぜ。


「どこに行くつもりだったの。」

「…あなたには関係ない。」

「またそれ?もうその言葉は通用しないよ」


ぐっと引き寄せられ顔が近づく。下手に動けばキスしてしまいそうな程だ。彼の息遣いまで感じられ息が止まりそうになる。危険な状況下で彼と見つめあっている場合じゃない、確認しなければいけないことも彼に聞きたいことだってたくさんある。だけど、指先一つ動かせないのだ。


「君がなにをしようとしているのか、なにと戦っているのか僕は知らない。ただ、危険な場所までへ踏み込んでいるのは分かってる。」

「ならどうして、」

「君を守りたいんだ」


まっすぐに見つめられ交わる榛色に捕らわれる。拒まなければいけないのに逸らせない。まるで自分の身体が自分ではないかのように。心臓がどきりと大きく振動した。


「ほかの誰でもない、僕が君を守ってみせる。」
「…拒まないで、僕を見て、アリア」


まるで愛の告白だ。こんな彼は知らない、いや、これが本当のポッターの姿だったのだろうか。私が目を逸らし拒み続けたのだから知るはずもなかった。セブルスと私に執拗な執着を見せつけていた憎い彼は、もうどこにもいなかった。





ヒュオォ…ヒュー…ッ


吹き抜ける冷気にハッと意識が戻る。異変に気付いたのか、ポッターも警戒したように杖を握り締め私を抱き寄せなおした。辺り一帯陰惨な空気が立ち込め気分が滅入り始める。


「ディメンター…ッ!」


上空を飛び交う闇より深い影に全身が震えた。感じていた冷気と仄暗い感情の正体にようやく気付き焦りが募る。透明マントにより私たちの姿は見えないはずなのに、吸い寄せられるように周りへ集まり始める。正確な数はわからないが視界に入る上空は全て奴らで埋め尽くされた。


「逃げて、ポッター!」

「君一人でどうするつもりだ、無理に決まってる!」


突き放そうとした身体はびくともせず、男女の力の差の前では勝てるはずもない。このままでは二人とも生気を吸い取られ抜け殻になってしまう。彼だけでも逃がさなければ、これ以上巻き込めない。


「…言っただろ、僕が必ず、アリアを守るよ」


私をマントへ取り残すと杖を構え外へと飛び出していく。その姿はまさに、勇猛果敢なグリフィンドールを体現しているかのようだった。一歩遅れ引き留めようと伸ばした手は間に合わず虚しく空を切る。


「エクスペクト・パトローナム!(守護霊よ来たれ!)」


唱えると共に半透明な銀白色の靄がディメンターへと放たれる。靄は次第に牡鹿へと姿を変えディメンターを怯ませた。難易度の高い防衛呪文を容易く使用できるとはやはり学年首席なだけはある。しかし数が多すぎるのか全てのディメンターを追い払うには効力が弱く消えてしまい、逆上したのかのごとく勢いよく飛び掛かってきた。


「きゃぁっ!」

「アリア!」


衝撃で透明マントが剥がれ私の姿が露呈される。元よりずっと隠れているつもりなど毛頭ない、こちらだって応戦するつもりだ。私は生来より負けず嫌いなのだ。


「エクスペクト・パトローナム!」


私の杖先から放たれた二匹の雉の守護霊が飛び回り、ディメンターが離れていく。積み重ねた練習の成果を発揮する時が来た。来たるべき時の為ダンブルドア直々に教えを請い、特訓を重ねた甲斐がある。


「ッ、なんて数なの!!」


それでもすべての数を追い払うには不十分で生気を吸い取られる感覚に不快感が増していく。身体も怠く絶望感が付き纏い、杖先が震えてしまって守護霊の姿が薄く消えかける。こんなところで負けるわけにはいかないのに…!


「アリア、」


背中が温かく包まれお腹の辺りに腕が巻き付く。震える右腕に手が重ねられ真っ直ぐと上空へ向け杖が翳された。振り向けばすぐそこにポッターの横顔があり、絡み合う視線のままどちらからともなく頷きあう。


「「エクスペクト・パトローナム!」」


彼の左腕へ自分の腕を絡ませ、背中に感じる体温に何時しか震えは止まっていた。目を開けられないほど杖は発光し視界いっぱいが白く染まり風が吹き荒れる。相棒の杖から飛び出した守護霊は白い波を巻き起こし、上空地面全てを這い回るディメンターを見事に追い払った。守護霊は周辺を駆け抜けた後くるりと私たちを振り向いたと思えば、森の奥深くへ静かに消えていった。

覚えている記憶はこれが最後になる。





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