後日ポッターからファッジが食べたいとの手紙が来たため、せっせと作り味を変えて三種類ほどふくろう便で送っておいた。味見してみたところ中々の出来だったので悪くはないと思う。彼にお菓子を作る日が来るなんて、入学したばかりの私が知ったら卒倒しそうである。そんなことを思いながら余ったファッジを片手に木陰で読書をする時間は、まさに至福のひと時だ。吹き付ける肌寒い風も陽気な天気と相まってなんだか心地いい。太腿の上へ置いた本をぱらりと捲っていれば、ふっと視界に一輪の花が現れる。茎にリボンの巻かれた美しい薔薇だった。
「…なに?」
怪しみながら手に取れば、ぽんっと軽やかな音を立て薔薇が弾け一輪だった花は小さな花束になった。カスミソウやガーベラなどの花も増えている。鼻先へ近づければ甘い香りが鼻腔を擽る。季節は冬を迎えようとしているのに春の匂いを感じさせた。
「……素敵な魔法ね、ポッター。」
「さすが。気づいてたのかい?」
「なんとなく、そんな気がしただけよ。」
凭れていた木の背後から声が掛かり顔を上げる。誰も居なかったはずの場所に突然現れた人影。以前目にしたときは驚いたものだが人間慣れるものだ。手にしていた透明マントをローブへ仕舞うと、なんの違和感も抱かせず隣へと腰を下ろした。肩が触れ会いそうな距離、あまりにも近い。
「いきなり花なんて、一体どんな風の吹き回しかしらね?」
「ファッジのお礼さ。」
「あぁ、なるほど。…綺麗だわ、ありがとう。」
もう一度花束を引き寄せ香りを堪能する。ふと視線を感じ目をやればポッターが食い入るように私を見つめていた。子供みたいにはしゃいでみっともないと思われただろうか。一方的に気まずくなり指先で薔薇の花びらをつつく。この前の頬にされたキスといい、花束のプレゼントといい、ポッターから女の子扱いをされている。慣れない感覚に戸惑っているのも事実だった。彼との距離の取り方が、わからない。
「すごく美味しかった。アリア、お菓子作りが得意なんだね。」
「口に合ったなら何よりよ。あなたが普段口にしているものに比べたら、雲泥の差でしょうけどね。」
「今まで食べた何よりも、一番美味しかった。本当さ、アリア」
嫌味を言っても前なら何倍にもなった皮肉が返ってきた。なのに、今は違う。友人に対して接するにはあまりに甘い言動だった。いつの間にか彼のガールフレンドかのような錯覚に陥っているのが怖くてたまらない。私のただの思い込みならいい、そうであってほしい。彼が私に向ける感情に1ミリであっても愛を感じてしまうことがあってはならない。過去に対する償いならもう充分だ。
「……アリア」
そっと伸びてきた彼の腕がさらりと私の髪を撫でる。毛先を指に巻き付け遊んでいる姿は第三者が見れば恋人たちの戯れに映るだろう。そう思われることに悪い気を起こさないあたり私も感覚が麻痺してきているのか。ポッターの手を払い落せば苦笑を交え謝罪の言葉が降ってくる。これ以上ここに居るのもよくない、寮に帰ろう。
「あれ?帰っちゃうのかい?」
「静かに読書もできないもの。」
「あー、ごめん。待ってくれ、怒らせるつもりじゃ…」
立ち上がり後ろを追いかけて来る気配になんとも言えない気持ちが湧き上がる。別に怒っているわけじゃない。手作りのお菓子を褒めてもらえたことだって、プレゼントの花だって嬉しかった。彼に謝罪もお礼も素直に言えるようになった、もちろんポッターだってそうだ。彼も傲慢さを改め友人として素直に接してくれている。それでも拭えないこの感情はなんと呼べばいいのだろう。彼といると妙に胸がざわつく。言い表しようがなく行き場のない気持ちをポッターへ八つ当たりしているようなものだ。そして八つ当たりの自覚があるから尚更彼といると苦しい。
「待って、アリア。嫌だったならもうしない。馴れ馴れしくしてごめん。」
「……別に、怒ってるわけじゃないの。」
「…じゃあいきなりどうしたっていうんだい?」
答えられなかった。そんなの、私が知りたい。ぐっと目に力を籠め涙の膜が張らないよう気持ちを鎮める。気を抜いてしまえば泣いてしまいそうだった。小刻みに震える私を見て、寒さに震えていると思ったのか着ていたローブを徐に脱ぎ始め手渡された。思わず受け取ってしまったが、これでは彼が風邪を引いてしまう。胸元に押し付けるように突き返せばそのまま手を掴まれ私の元へと戻ってくる。
「あなたが風邪を引いてしまうわ。…もうすぐクディッチの試合なんでしょう?」
「…よく知ってるね。アリアは興味がないと思ってたよ。」
「興味はないわ。でも、あなたが出るなら多少は気にするに決まってる。」
「え、」
固まってしまったと思ったらじわじわと頬が淡く色づいていく。やはり寒いのだろうか、ローブは返すべきだろうと思い近づけば一歩下がり距離が遠ざかる。もう一度近づけば更に離れるのでじれったくなり距離を一気に詰めれば両手を伸ばし突っぱねられてしまった。
「ほら、寒いんでしょう?ローブを、」
「全然!寒くなんてないさ!だからそれはアリアが着るべきだよ、いいから!」
「え、ちょ、ちょっと…っ!」
「むしろ僕は暑いくらいだからね!」
ぐいぐいと押し付けられあっという間にローブを着せられてしまう。ふわっと香る自分のものではない匂いにまた胸がざわついた。指先まで隠れてしまう大きなローブに、彼も立派な男の子だということを改めて認識した。
「アリア、お願いがあるんだ。」
「なに?」
「来週のクディッチの試合、君に応援に来てほしい。」
「え、」
自慢じゃないが、私は会場まで足を運び観戦したことは一度だってない。寒空の下人に埋もれ大声で応援するようなキャラでもない。結果は寮のみんなが話しているのを聞いてなんとなく知っているくらいである。そんな私に応援に来いと。しかも対抗意識が強いグリフィンドールとスリザリンの試合で。
「冗談やめて。スリザリンの私があなたを応援?」
「別にグリフィンドール生に交じって応援してくれなんて言ってるわけじゃないさ。」
「じゃあなんだって言うの?」
「アリア、一度も会場へ来たことないだろ?」
「……よく知ってるのね。」
「僕が戦っている姿を見守っていてほしい。」
「…どうして私なの?」
彼なら誰もが声を枯らし声援を送るだろう。あのリリーだってクディッチに対してはポッターを評価していた。今までの試合も、私は見たことがないが活躍していたと噂で耳にすることもある。私がわざわざ応援したところで何も変わらないし、今まで通りだ。
「アリアに見に来てほしい。他の人じゃダメなんだ、君がいい。」
「私、ルールとかあんまり詳しくないわ…」
「いいんだ。頼むよ、アリア…。」
「ポッター…。わかった、行けばいいんでしょう?」
何故そこまで頑なに誘われるのかはわからないが、梃子でも折れそうにないので渋々承諾する。試合までに多少は予習をしておくべきだろう、図書館にはルールブックのようなものは置いてあっただろうか。ぼんやりと思考に耽っていれば指先を隠していたローブごと手の平を掴まれる。
「約束だよ、アリア!僕の雄姿をその目に焼き付けてくれ。」
「友人としてはあなた個人を応援するけど、私としてはスリザリンチームを応援しているからどうかしらね。」
「そんな!」
クディッチの試合結果はその年の寮杯に大きく影響する。現在1位はグリフィンドールで、そのあとをスリザリンが追う形だった。今回の試合で勝てば大きな一歩になる。私だってスリザリンであることに多少のプライドはある、負けたくないというのも本心だ。何だか姦しく喚いているがどれだけ言われてもそこは譲れない。
「試合、楽しみにしてるから。格好悪い姿で幻滅させないでね、頑張って。」
ローブありがとう、とついでに告げると図書館へと足を向ける。彼を避けようとしたり誘われて喜んだり私は一体どうしたいのか。情緒不安定にもほどがある。
それでも、私に見に来てほしいと言ってくれた。その事実がただ嬉しかったのだ。
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