ぴったりと後ろを張り付くように尾行されているのに気づいたのはつい先ほど。リリーと別れ寮へと戻る最中だった。
「……。」
声を掛けられる様子も呪文が飛んでくる気配も感じられない。最初は放っておこうかとも思ったがいい加減視線が煩わしいのでそろそろ行動に移すとしよう。
曲がり角に差し掛かり呪文を小さく唱え姿を消せば、グリフィンドールカラーのローブが揺れる。きょろきょろと左右を見回している様子からするに、やはり私を尾行していたのは彼に間違いない。
「私に何か御用かしら?監督生さま。」
とん、と杖先を背中に当てれば目の前の身体は一瞬にして静止した。返答次第ではこのまま呪文を唱えることもやぶさかではない。しかし降参とでもいうように両手が挙げられたので、静かに数歩距離を置けばくるりと身体が振り返る。
「ごめんね、少し話がしたくて。」
「へぇ?あなたが私に、ねぇ…。」
「前から二人で話してみたいと思ってたんだ。」
「御託は結構よ。ルーピン、要件はなに?」
構えた杖は下ろさないまま続きを促せば困ったように眉を下げられる。一般の生徒であればこの表情に騙されるのであろうが、私には通用しない。
笑顔の裏でなにを考えているのやら。
「ここは寒いしよかったら別の場所で、」
「ここで話せないというのなら、私は行くわ。」
「ま、待って!」
「……。」
「その…今更かもしれないけど、」
俯いていた顔が上げられ視線が交わり合う。近くも遠くもなく、微妙に空けられた私たちの間を凍えるような隙間風が流れていった。
「今まで、本当にごめん。」
「……」
「謝って簡単に済む話でもないし、許してもらえるなんて思ってないよ。でも、」
固く握り締めすぎた指先は青白く、甲には所々ひっかき傷のようなものが見える。少しくたびれたローブに包まれた彼はひどく頼りなさげだった。
「ずっと謝りたかった。」
私よりずっと背の高い彼を見下ろす形になり何も言えない。
彼の気持ちも分からなくはなかった。
人狼というリスクを背負いながらもこのホグワーツに通い、必死で足掻いて欺いて、ようやく掴んだ一筋の光。私にとって憎い存在でしかなかった彼らが、ルーピンにとっては唯一の居場所だったのだろう。初めて自分自身を認めてくれた存在をどうして自ら手を離すことができようか。悪戯を繰り返すポッター達に思うことはあれど、天秤にかけた時ルーピンは自身の欲望に忠実になった。なにも間違ってなどいないし、それが人間の正しい在り方だと思う。
可哀想で寂しい、一人の人間だ。
「……ルーピン、私は別にあなたを恨んでなどいないわ。」
「…え、」
「あなたは、あなたの好きなようにすればいい。」
似ていると思った。私がセブルスに向ける歪んだ感情と、ルーピンが彼らに向ける執着。
罪の意識を彼が抱いているというのならそれは違う。
でもわざわざ口に出し弁解するほど親しい間柄でもないため、言いたいことだけ告げるとさっさとその場を後にした。自身の触れたくない部分と向き合い素直に謝ることのできる彼を、私は前から嫌いではなかった。
「ご機嫌いかが、プリンセス。隣に座っても?」
好きにしろ、といったのは確かに私だけれどもまさかそう来るとは。
夕食のパスタを口に運んでいれば聞こえてきたのは気障ったらしい台詞。悪戯な笑みを浮かべたグリフィンドールカラーのネクタイをした監督生さまが、返事も待たずに私の隣へと腰を下ろす。
「他寮のテーブルに割り込むなんて、随分お行儀が悪いのねミスター。」
「好きにしていいって言われたからには、遠慮はいらないと思って。」
「そう、それはそれは。素敵な感性をお持ちみたいね。」
私とルーピンの応酬をぽかんと眺めていたスリザリンの生徒がざわつき始める。ここにセブルスがいないことが吉と出るか凶と出るか。どちらにせよセブルスの耳に入ることは不可避のためまたもひと悶着起きそうな予感がした。
「ずっと前から思ってた、君と友人になれたらって。」
「へぇ。」
「まずは食事でもしながらお互いのことでも話さない?」
「あなたのそういう貪欲な姿勢は褒められる点ではあると思うけど、」
最後の一口になったパスタをくるりとフォークへ巻き付け、右隣りの彼の口へと突っ込む。無防備なまま突如放り込まれた食事に、むぐっと苦しそうな声が聞こえる。
「レディの口説き方は追試レベルね。…そんなに安くないのよ、私。」
ルーピンの口から引き抜いたフォークを皿の上へ転がすと席を立つ。遠くにあるグリフィンドールの席からポッターが走ってくるのが視界の端に映ったが、私には関係ないと頑として後ろは振り返らなかった。
(ムーニー、どういうつもりだい!?僕だってまだあーんなんてしてもらったことないのに!)
(待って、誤解だよプロングス!)
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