one's way home

何でもない普段通りの休日。何となく買い物に出て、そういえば返却期限の本があったなぁと気まぐれに図書館によって、今日などんな本を借りようかとしばらく館内を歩いて、なんとなく手に取った本に運命を感じて意気揚々と図書館を出た後。最近やけに見慣れた姿に思わず後退りそうになった。

「あれ、結じゃん」

こんなところで何してんのと、ごく当たり前のように手を振ってくるその姿に無視するのも失礼かととりあえず手を振り返す。無理やり作った笑顔はもしかすると引きつっていたかもしれないけど。…苦手な訳ではないのだ。決してそんなわけではないけれど、でもなんとなくこの人との距離感は掴みかねる。ただ、それだけだ。
その隣で、言葉を出しかねたようにこちらに視線を向けるその人と目が合った。ジャージを着た、身長の高い人。慌ててこんにちはと頭を下げれば、あちらも驚いたように「……こんにちは」とあいさつを返してきた。

「本当に奥井先輩の知り合いですか」
「結さ、失礼って言葉知ってる?」

お前見てろよとわしゃわしゃと頭部を撫でまわされれば髪型が崩れた。やめてくださいと手を払いのければよし来たとばかりに撫でまわす速度を早くする様子にこのヤロウと睨み付ける。私の髪は結構なくせ毛なのだ。朝から必死に抑えてくるというのに、あんまり触らないで欲しい。私の努力が無駄になってしまう。
「……翼、」と今にもため息を吐きそうな顔をして、奥井先輩の止まらない私弄りを止めてくれたその人は、村瀬大先輩だと、思う。いかにもスポーツマンだと主張しているような高い身長と、広い肩幅。水泳をやっている、らしい。奥井先輩と話すようになってから、そう期間は長くないはずだけど、「大ちゃん」という名前がたまに話題に上がるから。彼の基本的なデータはそれなりに聞かされている。聞かされていた話と変わらず、幼馴染らしい二人はぱっと見アンバランスに見えたけど。

「仲が、良さそうですね?」
「そこ、最後疑問形にしなくてもよくない?」

よさそう、じゃなくていいんだって!とぶうぶうと頬を膨らませる様子になるほどと感心する。別に、奥井先輩がいつも誰かと無理をして一緒にいるとは思っていないし、友人と呼べる人が多いのも事実だろう。今まで関わってきた、といっても数週間そこらだけど。それでもこの人は誰かに心を開くのが上手いと思った。距離感と、自分の言動を他人のスペースに無理なく組み込んでいける人。きっと本人は何気なくそれをやっているんだろうけど、もはやそれは天性だ。だから、余計に。奥井先輩と村瀬先輩の距離感の自然さに一瞬戸惑ったのだ。スポーツマン体型の所謂実直そうな村瀬先輩と、いつも誰かの真ん中にいて一見チャラけて見える奥井先輩。対照的なその様子が、妙にしっくりと当たり前の距離感の中で会話をしているように見えたから。

「腐れ縁なだけだ。…別に、仲がいい訳じゃ」
「照れんなって大ちゃん」
「大ちゃんって言うな」

これが、2人の間にある当たり前の距離感なのだ。奥井先輩は、いつも無理して他人に合わせている訳じゃないけど。なんというか、安定しているのだ。すごく。なるほど、面白いと思った。対照的に見えるその空気感が、やけに落ち着いている。それが、時間をかけて作り上げられた距離感で対照的に見える2人を上手く調和しているんだろう。私は、村瀬先輩どころか奥井先輩のことすらそれほど知っているわけではないから、勝手な印象にすぎないけれど。

「あ、そうだ。結!」

ひとしきり村瀬先輩を構い倒して満足そうに頷いたかと思えば、今度のターゲットは私らしい。けれども一瞬にやりと村瀬先輩の方に視線を向けたかと思えば奥井先輩が私に注げたのは「応援」のお誘いだった。

「決勝まで残ってるんだよね、大」

折角だし明日一緒に行かない?と突然言われたそれに一瞬きょとんとした。明日、予定があるかないかと言われれば、特に急がなければいけないものはないしお誘いを受けても問題はない。けれど、村瀬先輩とは今日初対面なのだ。元々スポーツを観戦するのも嫌いじゃないし、勝負事には熱くなる方だとも思っている。見に行こうと誘われれば、興味が湧かない訳じゃない。でも、奥井先輩と違って私は今日初めて彼に会ったのだ。会場に行けば確かに観客なんてそれなりにいるんだろうけど。なんと答えようもなくて、ゆっくりと村瀬先輩の方に視線を移せば、別に気にしないと答えが返ってくる。

「応援してくれるなら、嫌な奴はいないと思うし」

それにアンタは翼みたいに騒がしくないだろと、やんわりと笑ったその顔が印象的だった。優しく笑う人だ。「ひっどい大ちゃん。俺ほど空気が読めて節度を守れるやつ中々いないからね」「知ってる」クルクルと移り変わる会話に口を挟む間もなく暫く苦笑いで見守っていれば、ぐいっと顔を覗き込むように迫ってきた奥井先輩と目が合った。

「それで、どうする?」

予定とかあるなら無理しなくてもいいけど。最後に付け加えられた気づかいに、明日は予定がなかったんですと首を振る。ここまで来て私に断る理由なんてない。

「それじゃあ、ご一緒させてください」

特に予定なんてなかったはずの明日が、少しだけ楽しみになった。