子ダコに嫉妬
「うわあああああああっ!!?」
ベンジャミンの船に響く悲鳴。
ハロの眠る宮殿で助けたアプサラスの子どもが、今日も孫権に齧り付いていた。
情けない悲鳴に船員達は一度声のした方向に振り返ったが、いつもの事なので皆すぐに持ち場の仕事へ戻った。
「良く食われるのう、お前んとこの倅は」
「情けない声上げやがって…オレの息子なら逆に齧り付いてやれ!」
息子を助けるどころか叱咤する孫堅。
そんなこと言ってもぉ!と弱気な声が返って来た。
アプサラスの子どもが孫権に齧り付くのは捕食の為ではなく、大好きな孫権に対する愛情表現の一種なのだと最近戯れ合う孫権とアプサラスの様子で分かる。
分かっていても、油断すると本当に食べられるので接する本人は可愛いと思いつつも命懸けだ。
「つっても邪険に出来ないのが孫権だよな。本気を出せば、あの子ダコを活け造りにできるんじゃねぇの?」
ぐびりとジョッキの酒を煽るエドワード。
普段はあがり症で戦いの局面でも足が竦んでしまう孫権だが、ひとたびスイッチ(蹴られたり投げ飛ばされたり)が入ると得意の三刀流で相手を斬り裂き、荒ぶる虎のごとく暴れ回る。
その実力は孫堅はもちろん、その勇姿を地下宮殿で間近に見たベンジャミンとエドワードも知っているし、孫堅とエドワードに至ってはそのスイッチを入れたことがあった。
宮殿でアプサラスに絡め取られてその口に放り込まれかけた時にも触腕を振り解いて反撃に転じてアプサラスを一度後退させた。
トドメを刺そうと大きく振りかぶった時、アプサラスの後ろでその子ども達が身を潜めていたのが見えたから、孫権は剣を納めてアプサラス達を見逃した。
たとえモンスターでも、無闇に親子を引き裂く事は孫権に出来なかったのだ。
「それが孫権の優しさなんだよ。実際私達はアプサラスに助け出されたわけだし」
厨房に篭っていた燐玲が料理を持って現れた。
樽の簡易的なテーブルの上に出来た料理を並べていく。
海の幸をふんだんに、惜しげもなく使った料理はどれも美味しそうだ。
彩りの良い料理の出来映えから彼女の料理の腕がうかがえる。
「しかし、随分と懐かれとるな。タコも義理堅いところがあるんか?」
「確かに孫権を見る度にあの子ダコもセットでよく見かけるな。孫権のことを親だと思ってんじゃねぇの?」
「あいつは臆病なだけで度量は一人前なんだよ。今回の航海で自信も付いたようで安心したぜ」
相変わらず孫権は子ダコにがぶがぶされている。
更に他の子ダコも孫権に集ってくる始末だ。
「孫権の奴、あんなに好かれちまって満更でもなさそうじゃん。なぁ燐玲」
「元々孫権は子ども好きだから、あのくらい小さな子なら自分の妹みたいな感覚で構ってるのかもね」
それに、この航海をきっかけに孫権のトラウマが無くなったのもある。
モニター越しで恐怖に竦み上がったまま父親に引き摺られてパイレーツワールドに向かった時の映像が記憶に新しい。
あの時はパイレーツワールドに行くことすらものすごくためらっていたのに、今はトラウマの元凶の子ども達と笑顔で触れ合っている。
「でも…」
「あ?」
「最近一緒にいるからあの子達がうらやましいなぁって…」
子ダコ達と戯れている孫権を羨望の眼差しで見つめる燐玲に感の良いエドワードはへぇ?と含みのある返事を返した。
女にしては少し釣り上がった目に冷静かつクールな性格の燐玲。
自分の国でも初対面の人間に男と間違われる方が多いとか。
男に見られても気にはしないが、女性にしては控えめな胸のことを言われると龍の逆鱗に触れたかのように怒るのだと、久しぶりに顔を合わせた孫堅から聞かされて、触れないように釘を刺されたのは記憶に新しい。
…実際彼女の仲間が"逆鱗"に触れて張り倒されたのを何度か見たそうだ。
そんな気の強い彼女が、火傷しそうな熱い視線を孫権に向けているのだ。
ーー初めて彼女の女らしい表情を垣間見た、そんな気がした。
「要するに孫権に構ってもらえなくて拗ねてんのか」
「すっ!?何言って…」
「つ、疲れた…」
「お、お疲れ様。ちょうどご飯が出来たから食べて」
「ありがとう…」
ようやく子ダコの群れから解放された孫権がよろよろとテーブルの食事にありつく。
子ダコと遊ぶのに余程体力と気力を消耗したらしく、一度料理に手を付けると夢中で食べ続けた。
先程見せた寂しそうな彼女はなく、愛しい男が自分の手料理を食す姿を微笑ましく見守っていた。
「おいしい…さすが燐玲だね」
「ふふっ、いっぱいあるからゆっくり食べて」
「うん!」
いつもより元気良く食事をする孫権に、エドワードはニヤリと口角を上げた。
「孫権、子ダコの世話を焼くよりお前の人魚姫構ってやった方がいいんじゃねぇの?」
「エドワード!?」
「え、人魚姫?」
「じゃないと、泡になって消えちまうぞ」
エドワードの言葉を聞いて、燐玲の顔が真っ赤に染まった。
「あ、あの、えと、私、洗い物してくるね!」
「燐玲!?待ってよ!」
そそくさと逃げるように席を立つ燐玲を追いかける孫権。
バタバタと騒がしく厨房に走り去る燐玲と孫権を見送ると、エドワードは腹を抱えて笑い出した。
「ハハハッ!いや〜あのクールなお嬢ちゃんにあんなかわいい一面がねぇ。孫権も罪な男じゃねぇの」
「これでもうちょい度胸が付けば言う事ねぇんだが…」
「ドゥーハッハッハー!どっちも可愛らしいの〜!」
甲板に男達の笑い声が響いた。
「待ってよ燐玲!」
明らかに燐玲の様子がおかしかった。
いつもはエドワードの揶揄いなんて呆れてため息1つ付いて終わりなのに。
僕がアプサラス達と遊んでる間に何があったんだろう。
曲がり角のところで燐玲の腕を掴んで引き留めて、ようやく止まった燐玲の顔を覗き込むといつも冷静で落ち着いた彼女はいなくて、今にも泣きそうで真っ赤な燐玲がそこにいた。
「な、何でもないの、ただ、エドワードの話を聞いててあの子達がうらやましいって溢しただけで…」
うう…としどろもどろに取り繕うように言い訳をしようとして、でも言葉はそれ以上続かない。
むしろ、さっきよりも顔の赤いところが増えてもう耳まで真っ赤で今にも泣き出してしまいそうだ。
本当にどうしたの?具合悪いの?と燐玲に尋ねる前にふと、エドワードの言葉が頭をよぎる。
"子ダコの世話を焼くよりお前の人魚姫構ってやった方がいいんじゃねぇの?"
ああ、そっか。
最近僕はずっとアプサラス達の相手をしてばかりで、燐玲に会うのは夕食の時間以外あまり記憶がない。
明るいうちにこうやって顔を合わせて話すのも久しぶりだ。
アプサラス達とのじゃれ合いに気を取られて、大切な燐玲に寂しい思いをさせてしまっていたのか。
男としての不甲斐なさを感じると同時に胸を締め付けられる甘い痛みに、燐玲への愛しさが募った。
本当に可愛くてたまらなくなって、僕は俯いたままの彼女のおでこにちゅ、と口付けた。
「!!そん、けん」
「ごめんね」
「……っ!」
びくっと肩を震わせた彼女が恐る恐るこちらを見上げてくる。
涙目で顔を真っ赤にして震えているその表情は凄まじい破壊力で、僕まで熱が上がったように頬が熱くなった。
「……私も、勝手に逃げてごめん…」
彼女は消え入りそうな声でそう呟いてから恥ずかしそうに目を伏せた。
……ああもう!可愛い!!︎
我慢できずにぎゅうっと抱きしめると、彼女もまた僕の背中に腕を回してくれた。
「僕だって燐玲とエドワードが話してる時はもやもやしちゃうから。今日だって楽しそうにしてるし」
「あれはいつもみたいに揶揄われてただけだよ。エドワードの性格、知ってるでしょ?」
「それでも、だよ。さっきの燐玲と同じように僕も妬いてるんだから」
むぅ、と嫉妬でむくれる僕を見て燐玲はごめんごめんと優しく髪を撫でた。
「…ねぇ」
「ん?」
「もう1回キスして」
「…同じところでいいの?」
「もちろん、ここに」
トントンと形の良い唇を指で差し示す。
その期待に応えるように、僕の唇を押し当てた。
2人が船の中でいちゃいちゃしてる頃のおっさん方の話
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「燐玲の事人魚姫って例えたけどよ、役どころを考えると逆でも良さそうじゃね?」
「なるほどのう、性格と気質を当てはめれば確かに…」
「燐玲が王子で孫権が人魚姫か?流石に…」
キリッとした王子姿の燐玲と海の中から見上げる人魚の孫権……。
「「合ってるな」」
「だろ?」
満場一致。