2話
「ご飯食べませ…ない?」
作り置きだけど、と行儀良く座る彼に私は声をかけた。
「んぐ。……!もぐもぐ、もぐ…」
女子の部屋に年齢不詳な隻眼の青年と女子高生が二人きり。背の低い机の上にはレンジで温めた作り置きの唐揚げに適当なパン。中々訳が分からない光景だ。
おいしそうにもぐもぐと頬張る彼は少し幼く見える。もしかしたら、こっちの方が本来の年齢に近い表情なのかもしれない。
「美味しい?」
「うん、おいしい。マスターが作ったのかい?」
「うん、まあ…親は2人とも仕事忙しいし」
「きみも忙しい身だろうに」
「慣れましたよ」
「大変なことに慣れることと大変じゃないことは全く別だよ。…んぐ」
可愛いなこの人、とクスクスと笑うと「そうしていた方がきみは可愛いね」と微笑みで返された。話していて気づいたが、この人は一言二言目には人をほめる。口説いてるんじゃないかと思うくらいほめる。恥ずかしくないのだろうか。私は恥ずかしい。この人は多分恥ずかしくないのだろうが。
私も部屋に持ってくるために適当に握ってきたおにぎりを食べる。
味がいつもと違う。塩を忘れた。痛恨のミスである。
「そういえば、なんでマスターはこんな夜中に歩いていたのかな。危なくは?」
セイバーさんが訝しげに首を傾げる。この人の中で夜中に出歩くことは危ないことに入るらしい。いや、危ないは危ないのだが、そのランクというか。
「言うほど危なくはないよ。塾帰りだから、他の子も結構これくらいに帰ってるし」
「学校から直接?」
「うん」
「それでご飯も?」
「うん」
セイバーさんの顔が少し険しくなる。別に家族全員分のご飯を作っているわけでもないし、そんな顔をしなくてもとは思うのだが。
「聖杯戦争が終わるまで、私がご飯を作ろうか」
「えっ…マジ?」
「マジ…?うん、マジ?だよ」
意味が分からないのに言うんじゃない。でも助かる。嬉しい。サーヴァントってこういうことか。その名の通りだ。
「作れるの?」
「知識はあるから、人並みには」
「やったー!」
嬉しいなら良かった、とニコニコとセイバーさんが笑う。まだこの人のことはよく分からないけれど、面倒見は良いらしい。
閑話休題。
「―――コホン。よし、本題に戻ろうか。……基本方針は戦わない。守るだけ。それでも良い?」
「うん。そっちの方が、望ましい」
私はセイバーさんの語ってくれた事を一時間くらい使って現状を一応理解した。
いや、実際問題疑問符ばかりなのだが、頷くしかないと言った方が正しいか。
「さて、なんとなく理解はできたかな。…私の手をとったということは、何か望みが?」
七騎のサーヴァントとマスターたちが全員死ぬまで覇を競い合う…殺し合う、名前の通り戦争ということだ。私にはなにか大きな願いなんて一切なく、多分この戦争においては場違いなことだろう。正直なんでこんなことになったんだと数えきれないくらいは心で叫んだけれど、混乱しすぎるとむしろ落ち着くものだ。今それを実感している。
「望み…」
「もしかして、ない?」
「ないわけじゃないけど、聖杯?にかけるほど大層なものじゃないというか…」
問題はそこだ。
望み。命がけで聖杯にかける、願望。そもそもみんな欲望は底無しだけど、戦争をしてまでの願望なんてそうそうないんじゃないだろうか。少なくとも私にはない。
うーん、と私は軽く唸る。
「はは、別に大層なものじゃなくてもいいさ」
「…将来の夢とかでも?」
私は恐る恐る、という風にセイバーさんに訊ねる。
すると彼は虚をつかれたような顔をしてから、ゆっくりと笑って、「ああ、それは、もちろん」と返した。