壁に掛かる時計が、日付の変わる時刻をそろそろ知らせようとする頃、閉めようと思っていた交番の扉が開いた。
こんな夜中に、誰がなんの用だってんだ。
「何しに来たよ、ねえちゃん」
視界の隅に見えた背格好から、深夜の来客にそう尋ねる。
おじさんに会いに来たと、へらっと笑顔を見せたが、それはいつもと様子が違った。
暫くその無理ににこにこした顔を眺めていたが、何しに来たよ、ともう一度聞くとねえちゃんは観念したかのように、溜め息を吐いて用件を述べた。
「フラれちゃった」
「ああ、そうかい」
「冷たいなあ、ちょっとは慰めてよ」
そういってそいつは、俺の座るソファに倒れ込んできた。
こんな夜中にフラれた女を慰めるのは、業務外も良いところである。
そのなまえとは、ホクラニ天文台で働く職員だ。
兼ねてから職場の上司の事を好いており、何度か食事に行ったり出かけたりはしたようだが、結果は先程言った通りだったらしい。
なまえは、度々このポー交番を訪れては、それに関係する話を俺にして一喜一憂していた。
何故おじさんにそんな話をするのか。
もちろん何度も聞いたことがある。
その答えはいつでも、おじさん人生経験凄そうだから、とかおまわりさんだから、などというよくわからないものばかりだった。
おまわりさんは、人の恋愛相談に乗ってやるほど暇じゃないっての。
それに、お気に入りのねえちゃんの、しかも恋愛話を聞くのは、おじさんだってそんなに面白くはない。
「私のこと、そういう風には見れないんだって」
「へぇ、そうかい」
なにそれ、と言って仰向けになったなまえはへらへらと笑ってはいたが、その瞳は悲しそうな表情を浮かべていた。
そんな顔をすれば、俺が優しく慰めてくれるとでも思っているのだろうか。
それは残念だ。
この状況は、大いに好都合としか思っていない。
おじさんは、そういう男なんでね。
「そういう風に見れないって、なんなの」
「さぁな、俺にはわかんねえよ」
「なんで?」
「おじさんはそういう風に見てるから、おまえさんのこと」
起き上がろうとしたなまえをソファに押し戻し、上から覆い被さるようにして距離を詰める。
鼻先が触れ合いそうなほど至近距離になれば、いつもの余裕そうな表情のなまえはどこにもいなかった。
「おじさん、悪い大人なのよ」
「え…?」
「好きな女が弱ってるとこには、付け込んじゃうよ」
顎を持ち上げ、いつも眺めていた柔らかそうな赤い唇に少し強引に口付ける。
意外にも、なまえはそれをすんなりと受け入れた。
リップ音と共に離れた互いの唇は、まだ物足りないとでも言いたげだった。
「…一晩中慰めてやるよ」
「そういう、意味で、来た訳じゃなかったんだけど」
「今ならまだ逃げられるぜ」
「うそ、逃す気ないくせに」
よくわかってんじゃねえか、とくしゃりと頭を撫でて、もう一度唇を重ねる。
今度は、息が出来ないくらい、長く、深く。
隠していた想いを一気に吐き出すかのように、力尽きるまで夜通し愛した。
Up All Night
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