※DLC鎧の孤島の内容あり


トレーニングに夢中になり過ぎて、ヨロイ島駅にはアーマーガアタクシーが1台もいなくなってしまった。
明日は、ジムミッションの準備や打ち合わせがあるというのに。
どうしようかな、なんて悩みながらスマホロトムを取り出し、いろんな人の連絡先が羅列するアプリを開いてしばらく固まる。
いや、やろうとしていることは決まっている。
けれどそれを実行しようと思うと、やっぱり躊躇してしまって。
こんな時間に、こんな所まで呼ぶのは正直心苦しい。
けれど、今少しでも会いたい気持ちもあって、僕の心の中はぐらぐら揺らぐ。
何かあったらいつでも呼んでください、って言っていたし。
まぁそれもただの社交辞令だって、わかってはいるけれど。
たまには、甘えさせてもらっても良いだろうか。
そんな風にぐるぐると考えを巡らせる僕の様子をマルヤクデが不思議そうに見ていたが、意を決してある連絡先で受話器のマークをタップする。
今日エンジンシティまで帰るには、自分でタクシーを呼ぶか、これしかない。



"タクシーなくなっちゃった?"


「うん、そうなんだ、だからその」


"…ふふ、どうします?"



ああ、彼女はわかってるのに、僕の口から言わせようとする。
多分、こんな時間に電話してきたから、少しだけ意地悪しているんだ。



「…もし良かったら、迎えに、来てくれると嬉しいんだけれど」


"はーい、仰せのままに"



ヨロイ島ですね?と現在地だけ聞かれると、ぷつりと音声通話は途切れた。
ごめんね、と謝ることも出来なかった。
きっと、それだけ急いで来てくれるつもりなんだろう。
彼女はなまえくん。
普段はリーグスタッフとして、各地でジムチャレンジャーのサポートをしている。
ここ最近はエンジンシティ周辺に派遣される事が多いらしく、ジムの手伝いをしてもらっている間に、仲良くなった。
特に、ポケモンのお世話は好きなようで、ジムチャレンジ用のポケモンくんのお世話は本当に助かっている。
それにお世話にはかなり慣れているのだろうか、彼女はとても上手だ。
だからロコンもヤクデもヒトモシも、みんななまえくんの事が大好きなようで、彼女が顔を出してくれた日は、みんなとてもご機嫌である。
かくいう僕も、彼女の事は、好きだ。
僕だけでなく、ジムチャレンジャーやジムトレーナー達も、みんな。
どんな人達でも、分け隔てなく手を差し伸べる。
それは、光を受けて淡く美しく光るような。



「お待たせしました、カブさん」



振り返れば、暗闇の空から淡い光を放つ月と、それを鏡のように映し出す漆黒の海に囲まれたなまえくん。
相棒のオンバーンからヨロイ島の浜辺に降り立つ彼女に、一筋の月明かりが差し込む。
優しい笑顔で僕を見たなまえくんは、空高く上がる満月と変わらないくらい、煌めいて見えた。
魅入って、吸い込まれてしまいそうだ。
ああ、月に恋してしまうって、きっとこういうことを言うんだろうか、なんてありもしない言葉を思い浮かべる。
好きという気持ちが、僕の中で今までよりもずっと大きく成長していた。



「帰りましょ、エンジンシティ」


「ごめんね、こんな夜遅くに」


「いいんです、カブさんのお顔を見たいと思っていたところだったので」



自分の思っていた事と、同じことを言われた。
たったそれだけで驚くほどに嬉しくて、胸が締め付けられるような感覚に陥る。
お手をどうぞと、右手を差し出されて、早まる鼓動がどうか伝わらないようにと願いながら、なまえくんの手をそっと取る。
こんなじじいが、一体なにをしているんだろう。
オンバーンの背中へエスコートしてくれる彼女に、今夜僕の心は連れ去られてしまったようだ。



月に恋した


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