夜も更けるチャンプルタウンで、一際賑やかな場所があった。
この町の名物宝食堂には、今宵も大勢の客が集い、ほとんどの席が埋まるような盛況ぶり。
そんな中でもあの人は自分を見つけ出して、声をかけてくれる。



「アオキさーん!」


「どうも」


「今日早いですね!先越されちゃったなあ」


「本日はノー残業デーですので」



うらやましい、なんて言いながら密かに待っていた人が隣の席の椅子を引いて座る。
今日は何にしようかと、壁にずらりと並んだメニュー表を眺めている彼女を横目に見る。
今日も、ぱりっとしたスーツを着こなして、きっちり身なりを整えている。
控え目だけれど、キラリと光る耳元のアクセサリーが洒落たアクセントになっていた。
淡い彩りが添えられているその整った横顔は、いつ見ても綺麗だと素直に思う。
アオキさんと同じやつで、という雑なオーダーが聞こえてふと視線を逸らした。
彼女は自分と同じ、宝食堂の常連客であるなまえさん。
ここで会えば、いつも食事を共にしながら互いの仕事の愚痴や悩みを、時間が許す限り語り明かす。
いつからそうしてるかも、もう忘れてしまったほど、彼女とはここでは長い付き合いになる。



「あ、聞いてくださいよ!うちの上司ったらまたしつこく飲みに誘ってくるんです」


「例の方ですか」


「ええ、サシなんてお断りですよ、もう勘弁してほしいです」



今日もそのせいで遅くなっちゃいました、と彼女は大きく溜め息を吐き出す。
彼女の最近の悩みは、もっぱら直属の上司からのしつこい付き纏い。
今のところ上手く躱しているようだが、それにも疲れると言っていた。
自分に何か手伝えることがあるのなら手を貸したいところだが、あいにく彼女とは職場も仕事もまるで違う。



「何かあれば自分に言ってください」


「ありがとうございます、心強いですね!」


「…おそらく何もできないと思いますが」



そんなことないですよう、と手をちょいちょいと振って彼女は陽気に笑う。
とはいえ、どう頑張ったって自分に出来ることは、こうして彼女の話を聞くことだけ。
そうだとしても、自分を頼ってほしいと思うくらいには、彼女を気に入っている自覚はある。
それは、ただ単にこうして共に食事をするだけの関係だけではなく、その先の気持ちのことも、全部含めて。



「あーあ、アオキさんが上司だったら良かったのにな」


「それは困りますね」


「どうして?私みたいな部下は嫌ですか?」



確かに仕事は出来ませんけど、と悪戯っぽく笑った彼女は、どう見ても仕事ができない人がする顔ではなかった。
貴女がもしも自分の部下だったなら、困る理由は1つしかない。



「…貴女をサシで食事に誘えないでしょう」


「なるほど!それは困りますね」



その言葉を聞いて、安心した自分がいた。
どうやら自分とは、2人で食事をしてもいいと、まだ思ってもらえているようだ。
彼女と過ごせる唯一のこの時間を、できることならこの先も失いたくはない。



「でも、アオキさんなら別に良いかもしれないですね」


「何故です」


「うーん、楽しいから?」



まぁ細かいことは気にしないでください、と言って、彼女は目の前に置かれた焼きおにぎりを手に取り、その小さな口で頬張る。



「私好きですよ、アオキさんと一緒にご飯食べるこの時間」



こんがりと焼けた茶色い米粒を口の端に付けて、彼女はとても嬉しそうに笑う。
ああ、この笑顔に心奪われるのも、一体何度目だろうか。
つい、自分も、と言いかけて口をつぐむ。
いいや、まだだ。
それを言うのは、まだやめておこう。
自分の想いを全て隠すように、そうですか、と言い直してすっかり冷めてしまった湯呑みに口を付けた。



それを言うにはまだ早い


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