8月21日、日曜日、夜。



「はあー、腹減った…」



絶賛バイト帰りの俺は、1人商店街を歩いていた。
だが商店街の店は、なぜか軒並み閉店。
そういえば今日も、辰姫神社でお祭りやってんだっけ。
それなら、どの店も休みなのが納得いく。
昨日みんなで行ったし、大して興味もなかったけど、俺はソースの焼けた香ばしい匂いにつられて神社に吸い込まれていった。
しょうがないだろ、めちゃくちゃ腹が減ってんだ。
こんな時に、こんな良い匂いしてる方が悪い。
ああ、でもまずはお参りしてから、だよな。



「はい!お兄さんたこ焼き3つね、ありがとうございまーす!」



聞き覚えのある元気な声が聞こえて、その方向を見る。
ここからじゃ、何人かの野郎に囲まれてまだ姿は見えないけれど、きっとアイツだ。
可愛いね、なんて口説かれてるくせに、お祭り楽しんでね、とイマイチ噛み合ってない返事をしてるのも多分そう。
いつもみたいに、軽く手を挙げて名前を呼ぼうとしたのに、俺の口からはなんの言葉も出てこなかった。
それは、アイツの姿が、いつもと全然違ったから。



「あれ?花村じゃん、お祭り来てたんだね!」


「え、あ…おう…」


「たこ焼きどう?あ、もしかしてまだ来たばっかり?」



じゃあまずはお参りだね、と笑うみょうじ。
しょぼい電球と古びた提灯だけで大した光もないくせに、一瞬目が眩んだ。
鮮やかな色の花火がいくつも散りばめられた、夏らしい浴衣を纏う彼女が、いつもよりもずっとずっと綺麗だった。
だから、きっとそれのせい。



「ね、私も一緒にいい?」


「え…店番とかじゃねーの?」


「さっき終わった!お祭り行ってきて良いよって言われたから、着替えてきたの」



そしたらお兄さん達に声かけられたからつい商売しちゃった、とみょうじは肩をくすめて無邪気に笑う。
コイツ、多分そのお兄さん達が声かけてきた意味、全然わかってねーんだろうな。
可哀想に、と思う反面、そのびっくりするくらいの天然がちゃんと発動してくれて良かったとも思った。
だってそいつらがコイツに声をかけたくなる気持ちも、わからなくないから。
そのくらい、みょうじは綺麗で、可愛くて、目が離せなかった。



「あの、さ…みょうじ、お前今日…」


「ん?なに?」


「あ、いや…」



さっきから、言いたいことの1つも言えてない。
情けねーな、俺。
隣を歩くみょうじが、お参りしないの?と顔を覗き込んでくる。
横目でちらと見て、なんとか出てきた言葉は予想以上に小さい声だった。



「…その、綺麗だぜ」


「あ、この浴衣?カラフルで可愛いでしょ!こういう花火なんて言うんだろ?多分名前とか」


「いや、そうじゃねえよ!」



みょうじのいつも通りの的外れな返事に、いつも通り突っ込んでしまった。
ああ、そうだ、コイツにはちゃんと言わないと伝わらないんだったわ。
恥ずかしいくらいにどストレートな言葉じゃないと、受け取ってもらえない。
だから、立ち止まって、両手に力を込めて、まっすぐみょうじを見つめる。



「綺麗なの、お前のことだって」


「え…」


「…浴衣似合ってる、すげー可愛いよ」



最初はきょとんとした顔をしたみょうじだったが、言葉の意味がわかると珍しく顔を赤らめた。
その表情が見慣れないものだったから、思わず息を呑む。



「えーっと…見惚れちゃった?」



なんてね、と少し先を行くみょうじが照れくさそうに笑った。
目の前の花火に、俺の心臓はよりいっそう激しく動いて、全身に鼓動が響いて、外の音が聞こえなくなった。
今この時から、恋が始まろうとしている気がした。
俺の高校2年の夏は、まだまだ捨てたもんじゃないかもしれない。



夜祭に咲く千輪菊


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