ジムに入る前に、わざわざリップを塗り直して、前髪を整えて。
深呼吸を1つしてから、自動ドアに向かって一歩踏み出す。
「デンジさん、こんにちは」
「なまえ、急に呼んで悪いな」
名前を呼ばれてふと笑うデンジさんに、私の鼓動はすぐに早まった。
勤めている電力会社で前の管轄から異動して、3ヶ月くらいが経っただろうか。
私がこのナギサジムに呼ばれることも、段々と増えてきた。
ナギサシティは、消費電力の高いシルベの灯台にナギサジムが並ぶ、なかなか厄介な電力事情を抱えている。
いろんな部品もしょっちゅう壊れるし、配線やシステムも他の街よりダントツで複雑。
今日みたいに突然呼ばれるのも、夜遅くまで作業するのもよくある事。
それでもここに異動してきて良かったと、私は思っている。
それは、紛れもなく、彼のせい。
「ここだ、ついでにこっちの部品交換も頼んでいいか?」
「え…?わ、わかりました」
「お前出来るだろって顔、してる」
くすくすと笑う彼に、心拍数がまた早くなった。
そんなことない、と言おうとしたが、デンジさんは他にもやっておきたい作業があるんだと、話を続ける。
あれもこれもと指折り数えるデンジさんはとても楽しそうで、見ているだけで私は幸せな気持ちになれた。
言われた通り、部品を交換しようと作業を始めると、そのすぐ隣でデンジさんも同じように別の作業を始める。
仕事に集中しなきゃいけないのはわかっているけど、それ以上に彼のことが気になって、つい前髪に手が伸びた。
デンジさんとは、ナギサシティの大規模停電の時に出会った。
私が復旧作業の担当になって、工事計画の打合せをしたり、たまに一緒に作業したり。
そうこうしてる間に、私は彼のことがいつの間にか好きになっていた。
今まで仕事の時なんて、ろくにメイクも髪のセットもしてこなかったくせに。
今じゃいつ彼に会っても良いように、少しでも彼の隣に並べたらいいと、毎日時間をかけて身支度してる。
こんなの馬鹿らしいと思ってるし、ジムリーダーとただの作業員なんかじゃ釣り合うわけないって思ってるけど。
こんな気持ちになったのは、初めてだったから。
「オレ、なまえが作業したところ、好きなんだ」
「えっ…」
「メンテナンスする人のこと、ちゃんと考えてる」
好き。
その一言が私のことじゃなくても、心臓を握り潰されたように締め付けられる。
「だから来てもらうなら、君がいい」
真っ直ぐ私の瞳を見つめる彼の視線に、耐えられなくなってふいとそっぽを向いてしまう。
デンジさんが、そんなことを?
本当に?
顔の温度がどんどん上がって、いつも以上に熱くなっている。
きっと今の私は過去に類がないくらい、真っ赤な顔をしているんだろう。
「あ、りがとう…ございます」
こんなにも自分の技術を磨いておいて、良かったと思うことはなかった。
今はビジネスライクでもいい。
この役目を、他の誰かに譲りたくないと思った。
どんな理由であれ、これからも貴方の側にいられるような私でいたい。
そのためなら、私はなんだって頑張ろう。
本当はそれだけじゃなくて、貴方の側にいられようになりたいけれど。
そう願うのは、もう少し後にしよう。
貴方の側にいたいから
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