「おにーさん生おかわり!」
酔いが回り上機嫌に店員を呼ぶ隣の彼女。
もうこれで最後だと言ったのは、何度目だろう。
「そろそろ本当にやめておいた方が賢明ですよ」
「わーかってるって!でもやってられないんです!」
あの人さあ、と週末の宝食堂で酒の力を借りたなまえさんは、なおも仕事の愚痴が止まらない。
彼女とは同じリーグの営業部で、所謂サラリーマンとしての自分の同僚だ。
元々は後輩だったが、彼女はよく成長し、今では部署の中で常にトップクラスの成績を誇るとても優秀な営業マンとなった。
あのアオキの指導でなぜ彼女がこんなにも、というような話は耳にたこが出来るほど聞いたものだ。
それほどに成長したにも関わらず、なまえさんは大して成績も良くない自分と、変わらず公私共に付き合ってくれている。
まあそれを言うと彼女はとても怒るが、周りにはよく言われることだ。
思えば最初ここになまえさんを連れてきたのは、初めて彼女が仕事で大きなミスをした時に、少しは励ましてやろうと一緒に飯を食べにきた時だった。
泣きじゃくる女性になんと声をかけたら良いのかわからず、とりあえずたくさん美味いものを食べさせた気がする。
それからは、仕事の相談だとか愚痴だとか、まあいろんな理由を付けては一緒に飯を食べる仲になった。
職場の先輩と後輩にしては、それは仲が良い部類だったと思う。
だから程なくして彼女から好意を告げられた時は、そういうことだったかとすぐに理解した。
けれど、こんな平凡な自分の何が良いのか全くわからなかったし、自分には貴女の隣は身に余ると何度も言った。
それでもアオキさんが良いと、彼女の真っ直ぐで澄んだ瞳に見つめられた時には、流石に負けた。
「…って、アオキさん、ちゃんと聞いてます!?」
「その焼きおにぎり、食べないのなら頂いても?」
「聞いてなーい!」
どうぞ!と頬をプリンのように膨らませ、皿をこちらに寄越してくれた。
不貞腐れたなまえさんは、カウンターに伏せてこちらを不服そうに見上げる。
酒が入って上気した頬に、潤んだ丸い瞳のそれは、にらみつけるというよりはつぶらなひとみだ。
きっと彼女は特に意識もしていなさそうだが、自分にこれはかくとうタイプの技を受けるよりよく効く。
「…前みたいに私、アオキさんと一緒がいいのに」
「仕方ないです、サラリーマンなんで」
今はそれぞれ別のエリアを担当する自分となまえさん。
自分だって、彼女と一緒に仕事をしていた頃の方がずっと良かったと思っている。
けれど組織で働いてる以上、こればかりは上が決めたことなのだから我々にどうこう出来ることではない。
それならばせめて、彼女の願いや愚痴くらいは聞いてやりたいと思うのは、男として普通だと思う。
「話の続きなら家で聞きますが…」
テーブルの上の皿が片付いたところで、彼女のこの後の予定を聞こうとすれば、あんなに元気に愚痴を言っていたなまえさんは、目をしぱしぱとさせすっかりと眠る体制に入ろうとしていた。
だからそろそろやめておけと、言ったのに。
酒は強くないくせに、ついつい手が伸びる彼女の悪い癖だ。
営業の接待などでは絶対にするなと、よくよく言っているが、こんな状態を見ているとやはり心配になってくる。
2人分の会計を済ませ、彼女の鞄と自分の鞄を右手に持ち、反対の空いた腕で今にも眠ってしまいそうな彼女を立たせて抱える。
こうして店から出るのも、今に始まったことではない。
初めて来た時は流石になかったと覚えているが、それ以降はずっと、いつもこうやって彼女が眠くなるから連れて帰る役目をしている。
「家まで歩けますか?歩けないのなら」
「だいじょーぶ、です」
外が暗くてもわかるくらいに頬を赤く染めたなまえさんが、嬉しそうに笑って自分を見上げる。
店では我慢していた、人目があるから。
けれど今なら少しくらいと、彼女を引き寄せ前屈みになる。
優しく触れるだけの口付けは、いつもの彼女の甘い香りではなく、ビールの苦い味がした。
「えへへ…アオキさん、好きです」
自分の頬にぺたりと手を添えて、彼女は溢れるような笑みを向けた。
加えて酒が入っているせいか、いつもよりも甘えて顔をすり寄せてくる。
こういうことは、自分が持たないから外では控えるよう、いつも言っているはずなのに。
「…今晩は眠れないと思った方がいいかもしれません」
えーなんで、と楽しそうに笑っていられるのも今のうち。
そう思いながら、こんな幸せな週末が、彼女といられるこの平凡な毎日がずっと続くことを願って、もう一度彼女を抱き寄せた。
今日も明日もこの先も
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