恋なんて、しない方が良いと思っていた。
ここにいられるのは、たったの1年間。
絶対に別れが来ることがわかっていて、その時大切な人を悲しませるくらいなら、そんなことしない方が良いと思っていた。
それなのに、俺は彼女を好きになってしまった。
きっとお互いに好きだったのに、何も言わずに今日まで友達として過ごしてきた。



「明日、だっけ?」


「ああ」



今日この日にわざわざ鮫川の高台に来て欲しいなんて電話で呼びつけたから、きっと用件はわかっていたんだと思う。
寂しくなるね、と少しだけ笑ったみょうじの言葉は、定型文としてではなく、きっと心の底からそう思ってくれているんだろうと思えた。



「八十稲羽の生活、楽しかった?」


「楽しかったよ」


「そ、良かった」



高台から見渡せる八十稲羽の町を見ながら、この1年間を振り返る。
いろいろあったけれど、楽しかったのは本当だ。
けれど、君がいたから、とはもう今更言えない。
そんなことをしたら、きっとその笑顔を曇らせてしまうから。



「また来てね、その時は連絡くらいちょうだい」


「…それはどうかな」


「なにそれ、酷くない?」



まあ良いけど、と言ったみょうじは少し残念そうな顔をした。
意地の悪いことを言っているのはわかっているが、その表情に少しだけ安心する。
だってそれは、みょうじはまた俺に会っても良いと、思ってくれているということだろう。
まだ他にも行くとこあるんでしょ、と俺の方を見ることもなく小さく呟いた彼女の横顔は、春の暖かな日差しを浴びて、より一層綺麗に見えた。
このまま、何も言わずに俺は帰って良いだろうか。
八十稲羽にもう一度来た時、君に一目会いたいと思わないだろうか。
あの時、彼女に一言言えば良かったと、この先ずっと後悔しないだろうか。
ここに来た頃からずっと決めていたことなのに、昨日だってそう決めたのに。
彼女の顔を見たら、一瞬で揺らいでしまう。



「元気でね、鳴上くん」



このまま、別れたくない。
そう思ってしまったら、バイバイと振った彼女の手を掴んでいた。



「好きだ、みょうじ」


「え…?」



今日、1番言ってはいけないことを言った気がする。
現に、目の前のみょうじは目を白黒させて立ち尽くしていた。
次第に彼女は、涙目になって、今にもその丸い瞳からいくつもの涙が溢れ落ちそうだった。
ああ、やっぱり悲しませてしまった。
だから言わない方が、好きになんてならない方が良かったはずなのに。



「なんで、今日なの」


「…ごめん」



悲しませたくなくてとか、自信がなくてとか、いろいろと言い訳は浮かんだ。
けれど、どれもこれもしっくりこなくて、みょうじが好きだから、としか言えなかった。
今のは忘れてくれと、言おうと顔を上げれば、みょうじの瞳からはいくつもの涙が流れ落ちていた。
慌てて掴んでいた手を離して、悪かったと何度も謝ると、みょうじは首を振って違うと言う。



「嬉しいんだ…私もね、鳴上くんのこと好きだから」


「…本当に?」



小さく頷いたみょうじの瞳からはまだ涙が浮かんでいたけれど、その顔には笑顔が見えた。
彼女の嬉しそうな泣き顔を見て、ふと思う。
言わずにいなくなった方が、彼女を悲しませることになったんじゃないか。
随分と自分勝手なことをしてしまったと、別の意味で悔いた。
申し訳ないことをしたという気持ちから、彼女の目元の涙を掬ってそっと抱きしめると、みょうじもまたそれを返してくれる。
暖かくて安心するけれど、少し胸の奥がぐっと締め付けられるような、今までにはない感覚がした。



「もっと早く言ってくれれば、良かったのに」


「ごめん、でも好きだから」



許して、と抱きしめる腕に力を込めると、仕方ないなあ、と嬉しそうに笑うみょうじの涙声が耳元で響いた。



ごめんね、好きです


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