キツネの絵馬の依頼が完了したため、いつものように報告をしに神社へ赴く。
普段は近所の子供たちで賑わう敷地内は、まだ明るい夕方だというのに、人一人いないような静けさだった。
珍しいこともあるものだ、何て思いながらもキツネを呼ぶには好都合。
今一度、人が周りにいないことを確認するといつものようにキツネを呼んだ。
(…おかしいな、いつもならすぐにくるのに)
何度か呼んでみたものの、やはりキツネは現れなかった。
絵馬の依頼が終わった報告だけだからあえて今日である必要もなかったが、なんだか現れない理由が気になって本堂の周りをうろうろとしてみた。
もしかしたらキツネに何かあったのかもしれない、なんて少しだけ心配をしたから。
ところが、そんな心配は要らぬお世話だったようで、キツネは本堂の裏側にいた。
見覚えのある八十神高校の女子生徒に、撫でられながらゴロゴロと寛いでいるではないか。
「ここもすっかり願いが叶う神社、なんて評判になっちゃったね」
キツネを撫でる女の子の声がして、そっと本堂の影に隠れる。
別にすぐに声をかければ良かったものの、キツネが特捜部以外の人の前に姿を現していただなんて思ってもなかったから、つい彼女が気になってしまい咄嗟に隠れた。
少しの好奇心と罪悪感を感じながら。
「ホントは私も願い、叶えて欲しいんだけど、ねぇキツネちゃん」
願いの叶う神社、か。
今日の依頼の報告が終わったら今度はこの子の依頼が来るのだろうか、何てぼんやり考えてしまう。
だってそれは、俺がこっそりといろんなところでその願いが叶うように動いているから。
とは、到底言えないのだけれど。
盗み聞き、なんて言うと人聞きが悪いから先に情報収集をした、という事にしておこう。
少しだけ様子を伺うように影から顔を覗かせると、彼女は鞄から1枚の絵馬を取り出し、暫く見つめると呟き始めた。
「あのね、私鳴上くんのこと」
次の依頼主から俺の名前が登場したところでキツネはなにを感じ取ったのか、急に彼女に撫でられる事をやめて此方に向かってくる。
あまりにも突然の事で、俺は驚いて本堂の影からうっかり出てしまった。
待って、と手元からするりと逃げられてしまった彼女が振り向けば、やっぱり見覚えのある女の子で。
「…みょうじさん?」
「な、鳴上くん…?」
クラスメイトで、俺の斜め左後ろの席の女の子。
教室では目が合ったら少し話すことはあるけれど、やっぱりそのくらいでは簡単に仲良くなれる訳がなくて、クラスメイト程度の関係のままだった。
確かジュネスでバイトしているからか、陽介とは良く話していて、たまに一緒に登下校するところを見たりもする。
そんな陽介が、少し羨ましいと思うこともよくあった。
どうしてここに、なんて彼女に聞かれても正直にいうことなんて出来なくて。
お参りしようと思ったら裏から物音が聞こえて、なんて当たり障りのない嘘を言った。
彼女は、そっか、と納得すると慌てて地面に置いていた鞄を持って立ち上がる。
同時に小さな木の板がカラン、と地面に落ちた音がした。
「ここ、願いが叶うって評判だもんね」
「うん、そうみたい」
「鳴上くんの願いも、叶うといいね」
それじゃあ、と走り去った彼女の座り込んでいた場所には、彼女が見つめていたこの神社の絵馬だけが取り残されていた。
拾おうか拾わまいか、少し悩んでいるとキツネが促すように絵馬の側に座る。
彼女の忘れ物は、とても綺麗な字で書かれた歌の絵馬。
"かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを"
ふと、さっきの光景を思い出せば、これが誰に宛てられたものなのか容易に推測出来た。
これに返事を書いたら、明日彼女のもとに届けてあげよう。
今日は依頼の報告はやめて、お賽銭を多めに入れて帰る事にした。
絵馬に書かれた恋歌
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