彼女がシンオウにやって来てから、しばらく経った。
彼女はこの時代で特にすることもないらしく、ずっとオレに付いてジムに出かけていた。
それもそろそろ飽きた頃だろう。
そう思ってスマホを1台買ってきた。
連絡手段があれば、別行動もしやすいはずだ。
ナマエにそれを渡すと、目を輝かせてオレを見上げる。



「スマホ…!」


「設定はしておいたから、好きに使ってくれ」


「良いんですか?」



それに、彼女はこれをやたら気に入っていた。
初めて見せた時から、スマホには他の電化製品よりも一層興味を持っていたようだ。
現にナマエは、空高くスマホを掲げている。
そんなに嬉しいものなのか。
すぐに使い方を教わりたいと言ったナマエに、電話とメール、写真のやり方を教えると、彼女はスマホを慣れない手で懸命に操作していた。
やっぱり面白いな、と思いながら彼女を眺めていたら、オレのスマホが振動した。
画面を確認すれば、ナマエと表示されている。
目の前の彼女が、期待するような眼差しでこちらを見つめてくるから、ふと笑って画面を指でなぞる。



「デンジさん!聞こえますか?」


「ああ、聞こえてるよ」



私電話できてる!と喜ぶナマエが、目の前に見えた。
今では当たり前のことが出来て、こんなに喜んでいる彼女は新鮮で見ていて飽きない。
電話を切ったナマエは、やっぱりその仕組みが不思議らしく、スマホをくるくる回して全方位から眺めている。
そんなに見たって、何もないのに。
きっと、充電口でも覗いて何も見えないって怪訝そうな顔をするんだろうな。
そう思っていた矢先だった。
スマホの裏面の、オレが適当に貼ったボールシールを眺めた後、彼女は充電口を覗いて怪訝そうな顔をした。



「…ッフッフ」


「な、何か…?」


「本当に充電口覗くなんて思わなくてな…っ、いや、悪い…」



笑うのは悪いと思って、必死に笑い堪えようとしたが、なかなか難しい。
笑わないでください!と顔を真っ赤にするナマエを見ると、ますます笑いが込み上げてつい腹を抱えてしまう。
けれど、恥ずかしそうに口元を手の甲で隠したナマエが、少しだけ可愛いと思った。











"スマホは程々にしてちゃんと寝ろよ"

ナマエからのメッセージにそう返信して、アプリを閉じる。
あれから彼女は、1日中スマホに夢中だった。
相棒のオオニューラの写真をめちゃくちゃ撮って嫌がられたし、オレとレントラーの写真もやたらいっぱい撮っていた。
2人で撮りましょうと言われた時は、なんだか気恥ずかしくてついそっぽを向いてしまった。
他には、ジムに出かけたオレに何度も電話をしてきたし、オーバにも何度かメールしたらしい。
何回もかかってくるナマエからの電話に、オレは全部出てやった。
たわいの無い話をして、ナマエが満足したら通話を切る。
1日中そんなことをしていたら、それを見ていたジムトレーナー達に、とても仲が良いですね、なんて変に揶揄われた。
オーバに何回も電話されるくらいなら、オレにされた方がまだ良い。



(…オレにされた方が、まだ、いい?)



それは、オーバに迷惑かけると思ったから?
それとも、ナマエの電話は、オレが出たかったから?
まさか、前者に決まってる。
気を紛らわせようと、ナマエから送られてきた写真をぼんやりと見直す。
小さな画面の中の彼女は、とても嬉しそうにオレの隣で笑っていた。



(…可愛い)



そんな風に一度思ってしまったら、胸の奥が急に締め付けられた気がした。
どくどくと心臓が脈打つ音が、やけに耳に響いて煩い。
ああ、さっきのは、やっぱり嘘だ。
オレが、君と電話したかっただけだ。
バトル以外で、こんなにも胸が高鳴るのは、いつぶりだろう。
そのドキドキする感覚がなんだか新鮮でくすぐったい。
スマホがぶるっと振動して画面が光ると、ナマエからのメールが1件。



「おやすみ、ナマエ」



メールを開いて壁の向こう側にいるナマエに呟くと、オレはスマホを枕元に置いて目を閉じた。




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