金曜日の夜の忙しさも少しだけ落ち着いた頃、女将さんに呼ばれていると言われて厨房に戻れば、焼きおにぎりを渡された。
だいもんじ並の強火で炙られた2人前のそれには、レモンが添えられている。
「アオキさんがお待ちかねだよ」
「え?」
探されていると聞いて、アオキさんが?なんで?と思いながらそれを受け取り厨房から出る。
いつも座っているであろう席の方を見れば、私を探していたと言う人とパチっと視線が合った。
彼が控えめに手を挙げてこちらを見ている様子を見る限り、女将さんの言っていたことはどうやら本当のようだ。
お待たせしました、と料理を提供する時の定型文を言ってアオキさんの目の前にお皿を置く。
彼はいつものようにありがとうございます、と言った後、いつものように手を合わせていただきますとは言わずに、足元の鞄から何かを取り出した。
「ごちそうさまでした」
「あ…いえ!お腹の足しになったのなら良かったです」
「昨日の焼きおにぎりは、とても美味かったです」
そう言って渡されたのは、昨日私が焼きおにぎりを包んだ空色のクロス。
一昨日おろした新品みたいに、綺麗に畳んであるのも彼らしい気がした。
「昨日のって…いつもアオキさんが食べている焼きおにぎりと変わりませんよ?」
「いえ、貴女が包んでくれたので」
それと、と続けて彼のスーツの胸ポケットから取り出されたもの。
りん、と音が鳴っただけでわかる、私のお守り。
アオキさんの手が伸びてきたと思えば、私の右手を取ってその上にそっとかいがらのすずを乗せてくれた。
自分のとは違う、少しゴツゴツした指が触れただけで、意識したくなくても身体が熱くなってくる。
そんな私の気持ちとは裏腹に、かいがらのすずは私の手のひらの上で小さく涼しげな音を鳴らす。
「ありがとうございました」
「い、いえ…」
「持たせた効果は、その…きちんとありましたよ」
アオキさんは小さな声でそう言うと、少しだけ気恥ずかしそうに目を逸らして咳払いをした。
そっか、持たせたって意味ないなんて、私が言ったから。
きっと気を利かせて、わざわざそう言って返してくれたんだろう。
そんなアオキさんの優しさがなんだか嬉しくて、思わず笑みが溢れた。
それに釣られたのか、滅多に笑わない彼もふと笑う。
ああ、私はこの人が笑ってくれるのが、1番好きだ。
「それは良かったです」
「自分は…貴女が」
アオキさんが何かを言おうとすると同時に、私の肩へ飛び乗ってきたプラスルとお客さんの呼ぶ声が重なる。
ああもう、こういう時に限ってタイミングが悪い。
もう一度アオキさんの方を向いても、貴女は業務中でしたね、と申し訳なさそうに謝るから、話の続きを聞くことは出来そうになかった。
エプロンの肩紐を引っ張って急かすプラスルを宥めて、呼ばれた方角にすぐに行くと返事する。
「あの、アオキさんなら、私いつでも焼きおにぎり包みますから」
お持ち帰りも遠慮なくどうぞ、と口元に手を添えて内緒話でもするかのように小声で伝えた。
貴方がそれで元気になれるのなら、私はいくつでも作ろう。
私が、貴方に出来ることはそれくらいしかないから。
返してもらった空色のクロスを、勝手にアオキさん専用にしようと決めると、ご機嫌な私はクロスをもう半分に折りたたんでポケットに仕舞い込んだ。
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