今日はマリナード市場で、良い食材が揚がっているらしい。
そんな噂を聞きつけて、私は女将さんから託された軍資金を片手に、朝から相棒達とマリナードタウンまでやってきていた。
確かに今日の市場は、一段と賑わっている。
品揃えも、アローラ産やガラル産といったパルデアにはあまり入ってこない鮮度のいい食材が、所狭しと並んでいた。
そういえば、隣でやっていた競りではホウエン産の良いワカメが入ったとかで、大盛り上がりしてたっけ。
市場の活気ある雰囲気と品揃えの良さに釣られて、私もついつい買い物をし過ぎてしまったらしい。



「帰りのタクシー代、残ってない…」



こんなに買ったんだから乗りたかったな、と思いつつ、手元の軍資金は底を尽きていたために、帰る手段は限られていた。
プラスルとマイナンが張り切って応援しようとしてくれているが、今はそれよりも私と一緒に荷物を運んでくれそうなとりポケモンに応援を頼みたい。
両手に抱えた戦利品を見ていると満足感はあるのに、これからの道のりを考えると、とても長い溜め息が出てしまう。
食材の鮮度のことも考えて早めに店に戻ろうと市場を後にすると、この町にはあまり似合わなそうな格好の人が目の前に見えた。



「…アオキさん?」


「ナマエさん、どうも」


「珍しいところでお会いしましたね」



仕事でこちらへ?と何の気もなしに聞いたが、アオキさんは、まあそんなところです、と少し濁すような言い方をした。
ああそうか、そう言えばこの辺りにも美味しいお店があったし、もしかしてそっちだったかもしれない。
そう思うと、やっぱり何処にいてもいつも通りのアオキさんだなと、少しだけ笑ってしまった。
これから店へ戻るのですか、と聞かれたのでそうだと言うと一緒に行こうと彼は言ってくれる。
でもそれは、多分やめた方が良い。
だってこんな荷物がなくったって、私は正直チャンプルタウンまで歩きたくないから。
それに、いつも忙しいアオキさんを、こんなことに巻き込むわけにもいかないだろう。
頑なに一緒に行かない方が良いと言う私に、アオキさんは眉間に皺を寄せた。



「…なぜです」


「いや、その…歩いて戻りますので…」



理由が余りにも恥ずかしいから、アオキさんから目線を逸らすと、正気ですかと言ってそうな顔が視界の片隅に見えた。
うん、課外授業でもしてない限り、誰でもそう思うと思う。
小さな溜め息が聞こえてきたと思えば、アオキさんはスマホロトムを慣れたように操作して、マリナード市場前へ1台お願いします、とだけ言った。
そして何も言わずに私の両手から買った食材を取り上げ、何も言わずに私の隣に立つ。
待ってと言ったのに、私の静止も聞かずにそうする辺り、かなり呆れられたと思って良さそうだ。



「あの…すみません、お忙しいジムリーダーにこんなことを」



無言で私の倍以上の荷物を持つアオキさんに、申し訳なくてとても小さな声で謝る。
それでもアオキさんは、黙って呼んだタクシーを私の隣で待ち続けていた。
よりにもよって、あの常連さんに迷惑をかけてしまった。



「今は、ジムリーダーでもサラリーマンでもなく」



1人落ち込んで、数十分前より相当軽くなった右手の荷物をぼんやり眺めていると、アオキさんが徐に口を開く。



「ただ1人の男として、貴女を助けたいと思っただけです」



その言葉に、自分の世界の時間だけが止まってるんじゃないかと思えるくらい、いろんな物の動きがゆっくりに見えて、私の考えもそれと同じように鈍った。
いま、彼は、なんて。



「それ、どういう…」


「すみません、今のは忘れてください」



彼の方を向いても、言葉が過ぎました、とアオキさんはすぐにそっぽを向いてしまった。
そしてタイミングを見計らったかのように、彼が呼んだタクシーが私達の前に止まる。
タクシー来ましたよ、とアオキさんに呼ばれて、ようやくいろんなものが通常の速さで動き出す。
けれど、私の心はマリナード市場にでも置いてきてしまったようで、店に帰ってアオキさんと別れてもしばらくは心ここに在らず、という言葉がよく似合った。




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