「焼きおにぎり二人前!強火だいもんじレモン添えー!」
「あいよー!焼きおに2!だいもんレモぞえー!」
先ほど来店したばかりの常連さんの前に、ことり、と湯気の立つ温かいお茶を置くと、宝食堂に秘密のメニューの注文が響き渡った。
それを合図に、店の座敷の席は瞬く間にパルデアリーグ公式のバトルコートに代わり、チャンプルジム応援店の宝食堂となる。
「アオキさーん!出番だよー!」
受付の彼がアオキさんを呼ぶと、彼は、はあ、と小さなため息を吐き出して項垂れる。
お茶を一口飲む間もなかったからだろう。
それとは反対に、一緒にお茶を出しに来た私の相棒達は、これから始まる出来事に心躍るのか、常連さんをキラキラと輝くまん丸の瞳で見上げる。
プラスルもマイナンも、アオキさんを応援するのは大好きだからだ。
もちろん、私も、好き。
アオキさん、と私が呼ぶと、彼はゆっくりと立ち上がってこちらを向く。
「勝ったら秘密のメニュー、用意しておきますから、頑張ってください」
「それは、ナマエさんが作ってくれるものですか」
質問の意図は理解出来なかったが、おそらく私が作ることになるだろう。
それに常連さんのご指名とあらば、それは応えたい。
もちろんですよ、と笑って返事をすると、アオキさんは挑戦者の学生さんを見据えて呟く。
「…勝たないといけませんね、必ず」
ジムリーダーのアオキさんは、いつも持ち歩いているビジネスバッグを片手に、学生さんの元へ向かっていった。
バトル前の挨拶をする常連さんの横顔を見て、私はふと思う。
今まで店の仕事傍で、あんまりまじまじ見ることはなかったけれど。
ジムリーダーをしてる時のアオキさんって、普段よりもずっとずっと。
(かっこいい、んだよなあ…)
思わず見惚れてじっと見ていると、こちらの視線に気付いたのか、アオキさんとぱちりと目が合った。
慌てて笑顔を作り小さく手を振ったけれど、彼は手を振り返す訳でもなく、すぐにそっぽを向いて挑戦者と向き合ってしまった。
私、変な顔してたかな。
今は手を振るところじゃなかっただろうか。
いやいや、それよりも今はジムリーダーの仕事中なんだから、それどころじゃないだろう。
なんて、最近はアオキさんの言動1つ1つに振り回されて、一喜一憂するのに忙しい。
アオキさんのことは、うちのご飯が好きなこと以外、相変わらず全然わからない。
けれど、私はアオキさんが仕事の後に美味しそうに焼きおにぎりを食べてくれるなら、もうなんでもいい。
「頑張って、アオキさん」
高鳴る胸の前で祈るように両手を握って、バトルコートへと上がる彼に小さな声援を送った。
「ジムリーダー、お疲れさまでした!」
黒いスーツを纏ったその人に、出来たての焼きおにぎりを持っていく。
2人前で、火加減はだいもんじ並の強火、付け合わせにはレモンを添える。
常連の彼の、好みの食べ方。
強火で炙った香ばしい醤油の香りが、よりいっそう食欲をかき立てる。
「流石、非凡サラリーマンですね」
「…その褒め方は、ちょっと」
彼の腕前を素直に讃えると、言葉では嫌がる素振りを見せたけれど、少しだけ嬉しそうにも見えた。
それにしても、格好良かった。
今日のジム戦は、アオキさんのジムリーダーとしての強さを見せ付けるような圧倒的な試合で、本当に、格好良かったんだ。
「今日、とても…かっこよかった、です」
今なら言える気がして、いや、今じゃなきゃ言えない気がして、勇気を出して言ってみる。
きっとアオキさんのことだから、貴女は疲れてるんですか、なんて言われるんだって思っていた。
けれど、彼はいつもと違って、少し照れ臭さそうにそっぽを向いて、ありがとうございます、と小さな声で返事をした。
そんな常連さんのいつもと違う表情に、思わず焼きおにぎりのお皿を持つ手に力が入ってしまう。
「私、その…」
アオキさんが、好き。
そう言えたらどれだけ良いと、貴方を前にして何度も思った。
けれど、もしもこの今の関係が、私の一言で何か変わってしまったら。
何気ない会話をして、うちの料理を持っていって。
アオキさんが、美味しそうに食べてくれる横顔を眺めることができなくなってしまったら。
そう思うととても怖くて、かっこいいとは言えてもそのたった2文字の気持ちを、アオキさんに伝えることが私にはまだできない。
だから、今はこうやって誤魔化しておく。
「アオキさんのバトル、好きですよ」
約束の焼きおにぎりを、アオキさんの目の前にそっと置く。
もう少しだけ、貴方と甘辛くて少し酸っぱいこんな毎日を過ごしていたいから。
私のこの恋は、お皿の上の2人前の焼きおにぎりに隠しておくことにします。
秘密の恋はお皿の上
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