時計を見上げると、ラストオーダーの時間。
お客さんも疎になって、店もすっかり閉店ムードになってきた。
そういえば、今日はあの背中を見なかった。
私のプラスルとマイナンも、彼を見かけなかったからなのか、しょんぼりして最早ボールの中だ。
こんな時間だし今日は来ないか、なんて思いながら、店の入口をぼんやりと見つめる。
女将さんに賄いの準備をしていいと言われて、厨房で準備に取り掛かったところだった。
かけそば大盛り、と入口の方から新規の注文が聞こえてきた。
もしかしてと、顔を出せば。
「アオキさん、いらっしゃいませ!」
「…どうも」
閉店間際にすみません、と謝る彼に構いませんよ、と温かいお茶を淹れる。
あ、いつもより疲れた顔してる。
今日はきっと忙しかったんだろうな、と察した。
そんなお疲れ気味なサラリーマンを見て、ふと名案を思い付く。
私が彼に出来ることは、美味しい料理を提供すること。
今日はたまたま少し多めに賄いの用意をしておいたから、もう1人分くらいは余裕で作れそうだ。
数種類の出汁をブレンドしたオリジナルのタネを、熱々に温めた鉄板の上に丸く敷いていく。
タネが鉄板に落ちると、じゅわっと音を立てて、出汁の良い香りが辺りに広がった。
ちょっと厚めで、外はカリッと中はふわふわになるよう良い頃合いで両面焼き上げるのがポイント。
このためだけに取り寄せているジョウト特産の甘酸っぱい辛口のソースをたっぷり絡めれば、キンセツ名物コイル焼きの出来上がりだ。
仕上げに絡めたこの濃い味のソースが、ジャンキーでたまらないとB級グルメ好きのお客さん達には大人気の一品。
「良かったらこちらもどうぞ!」
「これは、頼んでいませんが…」
「お疲れなアオキさんに、私からのサービスということで」
ひと足先にかけそばを食べていた彼のテーブルに、出来立てのコイル焼きを置く。
アオキさんはうちの常連さん、たまにはこんなことがあったって許されないだろうか。
すみません、と言いながらも、初めて見るメニューに興味を持ってくれたようだ。
私が普段勝手に賄い席としているカウンター席の角にお邪魔して、自分も手を合わせる。
「なんという料理ですか」
「キンセツ名物コイル焼きです、粉ものはお好みではなかったですか?」
「いえ、初めてだったもので」
いただきます、とコイル焼きに箸を入れるアオキさんをドキドキしながら見つめる。
もしもお口に合わなかったら、下げて焼きおにぎりを作り直そう。
「これは…美味いです」
「良かった!」
「出汁の利いた生地と、この濃い味のソースがよく合います」
いつも食べているものと少し違うのもまた良いですねと、嬉しそうにコイル焼きを口に運ぶアオキさんを眺める。
本当にこの人は美味しそうに食べてくれるな、なんて思っていた時、私の胸の奥にあるものがどくんと波打ったような気がした。
あれ、いま、私は何を思っただろう。
まさか、いや違う。
ご飯を美味しく食べてくれる人は、好きだ。
作った甲斐もあるし、何より幸せそうなその顔に私も元気がもらえる。
だから、美味しそうに食べてくれるアオキさんを見るのが、私は好きだけれど。
(…いやいや、そんなわけない)
首を横に振って、雑念を払う。
そう、私はご飯を食べているアオキさんが、好きなんだ。
別に、特別な意味なんてない。
違う違う、と言い聞かせてコイル焼きを口に含む。
うん、大丈夫、美味しい。
「どうかしました?」
「あ、いえ!疲れた時は濃い味が身体に滲みますね!」
「…貴女も大変なんですね」
ふと笑ったアオキさんと目が合うと、さっきと同じ現象がまた起きる。
口に含んでいたコイル焼きを慌てて飲み込んだから、熱くて喉が焼けるかと思った。
大丈夫ですか、とアオキさんに顔を覗き込まれて、ちょっと咽せたとか適当なことを言って手で口元を隠す。
大丈夫でもないし、たった今大変なことになったんだけどな。
結局その日の賄いは、甘辛ソースを味わう余裕もなくコイル焼きを平らげることになってしまった。
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