Sucreve
既知の知
土方さんと床問答する話。
夢主が床問答を知っている。
月が夜空の一番高い処にあるのを見ながら女は縁側で盃を傾けていた。ぎしり、と床板の軋む音に見れば、湯上がりなのだろういつもの洋装ではなく浴衣を着た土方が立っていた。
少し肌蹴た合わせから見える肉体は、とても老人のものとは思えない。女は知らず、喉を鳴らした。
「一人で酒盛りか?」
問いかけに女は愛想笑いを返す。こんな時間にこんな所で一人酒を飲んでいるというのがどうにも気恥ずかしかったのだ。
「私も相伴に預からせてもらおうか」
「じゃあ盃取って来ますね」
立ち上がろうとする女を土方は腕を掴んで止めた。そうして「わざわざ行かなくても、お前のがあるだろう」と言う。
「い、いいんですか……?」
「お前が嫌なら取って来てもいい」
そんな言い方をされると取りに行くわけにはいかない。土方を拒絶することになってしまうからだ。なので女は仕方なく「嫌じゃないです」と座り直す。
「……はい、どうぞ」
徳利から酒を注ぎ、土方の方に差し出す。土方はそれを取ると一息で飲み干した。
「……ああ、月が綺麗だな」
盃を呷った際に視界に入ったのだろう。土方が言う。
「そうなんですよ。だから月見酒、です」
「一人で楽しむのは狡いな」
「もう皆さんお休みになられたと思っていたもので……」
一人でこっそり飲んでいたのはそれが理由だと女は照れたように笑った。本当はたかだか月が綺麗だというだけでわざわざ誰かを呼ぶような事もないと思ったのだが。
「どれ、私が注いでやろう」
「わー、すみません。ありがとうございます……」
自分よりも遙かに年輩である土方に酒を注いで貰えるなんて、と女は喜んだ。普通こういうのは女の役目だと思っているから尚更だ。
「……美味しいですねぇ」
「あぁ」
女が飲み、また土方へと注いでやる。その繰り返しで徳利はあっという間に空になった。
「……まだ飲みます?」
土方に問う女の頬は赤く、それなりに酔っているのが見てとれる。しかしまだ何か足りないような、そんな表情だった。
「お前はどうなんだ?」
「……充分堪能したし寝ようかなと……」
そうは言いつつも、やはり足りないような表情だが、それが欲しているのは酒ではないなと土方は理解した。
女の視線は飲んでいる間から、否、土方が現れた時からその躰に注がれていた。合わせから見える胸板。腕を動かす度に見える前腕。そして盃を持つ手、指。穏やかだが鋭い光を宿している瞳。それらを酒の合間に見られていると感じていたのは、気の所為などではなかった。
「土方さんが飲まれるならお持ちしますけど」
「いや、……そうだな」
不意に、土方が女の腕を引いた。そうして女を腕の中に閉じ込める。
「……もし、お前の処に馬がいれば、それを愛でてやりたいのだが」
「……っ!」
唐突にも思える土方の発言。それを聞いた女の頬はより赤く、熱くなる。土方を見上げるように見詰める目には、情欲が宿っているのが容易く判った。
「……ウチの馬は、恥ずかしがりなのでこんな明るい処じゃ出てきません」
女の答えに満足した土方は女を抱き抱える。そうして耳元で囁いた。
「では、布団の中でじっくりと探させて貰おうか」
期待と愉悦の表情で、女は深く頷いた。
終.
- 2 -
*前次#
ページ: