Sucreve
囚われ



土方さんに薬漬けにされるはなし。











同行している老爺が薬学に精通していると女が知ったのは、これまた同行の老爺に聞いたからだった。
「永倉さぁん……頭痛いんですけど薬とかって無いですかね……。カノさん今いなくて……」
「それなら土方さんに言うといい。あの人は薬に詳しいから」
「そうなんですか?病気とか無縁のように見えますけど」
「本人はそうかもしれんが若い頃は薬売りをしていたこともあるからな。実は詳しいぞ」
「へー。行ってみます」
彼は何処にいるだろう、と屋敷の中を歩けば、陽の当たる縁側でのんびりとしているのを見つけた。その様子は穏やかな老人といった風情であるが、戦闘となるとその様子は一変するというのを女は知っている。どちらが本当の彼なのだろうと一瞬思い、考えても詮無い事かと思考を止めた。
「土方さん」
「どうした?」
「頭痛に効く薬なんて持ってたりしませんかね……」
「頭痛?……ふむ。来なさい」
立ち上がる土方の後をついて行く。土方の部屋に入ると座っていろと言われたので女は大人しく従った。
土方は棚から小さな箱を取り出すと、そこから薬包を一つ女に渡した。
「本来は外傷用の鎮痛薬だが……効かない事も無いだろう。燗にした日本酒で飲むといい」
「えっこれ本当に薬なんですか?」
酒と薬の取り合わせは宜しくないのでは、と怪訝な顔をする女に土方は何を気にする様子も無く「そういう薬だ」とだけ言った。
果たして信用してもいいものか、女が困惑していると「騙されたと思って飲んでみろ」と笑う。
土方自身は信用に値する人物だ。ならば試すくらいはしてもいいかと女は礼を言って台所に向かった。
「……熱燗で飲む意味もわからん……」
湯ではいけないのだろうか。首を傾げつつそう言われたものだからと女は熱燗を拵えた。そう大量には要らないだろうと湯飲みに半分程度だ。
薬包を開くと濃い紫色をした粉が現れた。全く予想外な色をしていた事もまた女の不安を煽る。
これを飲むのか。女は深い溜息を吐いてから、意を決したように薬を口に含んだ。そしてすかさず酒を流し込む。熱い酒に押し流され、薬は喉を流れ落ちていった。
「…………」
酒の所為か単に熱いからか、躰が一気に熱くなる。味はよくわからなかった。だが何となく頭痛が引いた気がした。
「…………効果あるのかな」
奇異な見た目と用法ではあったが効くならいいか、と女は軽く考えた。

  ◆

数日後、女は腹を抱えていた。特に心当たりも無いのだが腹が痛い。何か変な物を食べたわけでもなく月のものが近いというわけでもなく、謎の痛みにうう、と息を吐いた。
(……あ、またあの薬貰ってみようかな)
前回は頭痛で今回は腹痛な上、そもそも外傷用の鎮痛薬だと土方は言っていた。果たして腹痛に効果があるのだろうか。解らないが藁にも縋るような思いで女は土方の元へ向かった。
「土方さぁん……」
「どうした。腹痛か?」
「はい……」
悲痛な声で女が腹を押さえていたからだろう。あっさりと女の状態を看破した土方は苦笑する。
「家永の処には行かないのか?」
「あー、こないだ頂いたのが効いたみたいなんで……今回もいけるかなー、とか……」
思って来てしまいました、と女が言うと土方は笑みを深くした。そうして先日のように棚から箱を出し、今度は淡い緑色をした小さな布袋から黒い丸薬を取り出した。
「……こないだのとは違うんですか?」
「少しな。お前の為に用意しておいた」
「!」
わざわざ自分の為に、と女は頬を赤らめる。そんなに気を遣ってくれなくてもいいのにという気持ちもあるが、彼にそう扱われる事は確かに喜びをもたらした。
土方に差し出されたそれを受け取り、女はまた少し怪訝な顔をする。
「黒いですね……」
「ああ。お前の為に少し鎮痛効果の高い物を入れたら黒くなってしまった」
「…………」
「不満か?」
「い、いえ、……すごく嬉しいです」
自分の為に用意された物と聞けば例え色が違っても何ら気にならない。それに前回の紫色した粉よりは飲みやすそうである。女は小指の先程の丸薬を掌で転がしながら訊いた。
「これもお酒で飲むんですか?」
「いや、それは白湯なり水なり、好きなもので飲むといい」
「わかりました」
それなら水で飲むか、と女は礼を言って土方の部屋を後にした。
「……あ、」
どうせなら幾つか貰っておけばよかったかもしれない。そうすれば度々土方の手を煩わせずとも済むのに。
「……ま、いっか」
次回覚えていたらそうしよう、と女は台所で水を汲むと丸薬を飲み込んだ。
「…………」
ふと、腹痛が消えている事に気付く。幾ら何でもそんなに早く効くわけがない。どちらかと言えばこれは土方と話している間から消えていたような気がする。
(……薬貰うより、土方さんと話す方がいいのかな)
それで治るのならそれもまたいい、と女は軽い足取りで部屋に戻るのだった。

  ◆

それからというもの、女は体調を崩す度に土方の元へ向かった。最初はふと生じた考えから話すだけでも効果があるような気が
すると体調不良を気取られぬように土方と話していたのだが、土方はそれをあっさり見抜く。そしてあの丸薬を寄越すのだ。
不思議な事に、土方は丸薬を一つしかくれない。あの淡い緑色をした布袋には恐らく何粒か入っている筈なのに、決して二つ以上はくれないのだ。
一度女が「また痛くなった時の為に、何粒かくれませんか?」と言った事があるが、土方は柔らかく笑みながら「そうそう具合が悪くなる事もあるまい」とくれなかったのだ。ここのところ毎日のように来ているというのに。
結果、女は土方の元へ通うようになった。頭痛や腹痛だけでなく歯痛や癪が起こった時等、徐々にその頻度は増えていった。今までなら我慢していたような痛みですら一刻も耐えずに土方の元へ向かう。
ひどい時は一日に二度、そろりと襖を開けてやって来る女を土方は穏やかな笑みで迎えた。
「土方さん……」
「今日はどうした?」
「……ちょっと、怠くて……」
「ふむ。……それは薬ではどうもならんだろう」
「ですよね……」
すみません、と部屋を後にしようとする女を土方は引き留めた。
「茶でも飲んで行け」
「……いいんですか?」
「構わん。話相手も欲しかったところだ」
「……はい。お邪魔します」
土方の隣に座り、出された茶を飲む女はぼうっとした目をしていた。頬は青白く、湯飲みを握る手も少し震えており、やはり何処か体調が悪いのではないかという気分にさせる。
「……もしかしたら、何処か不調があるから怠いのかもしれんな」
「え……」
「飲みなさい」
「……はい」
土方に手渡された丸薬を、女は茶で飲み込んだ。程なくして女の表情が穏やかになり、頬に血色が戻る。
「やはり具合が悪かったのかもしれんな」
「……みたいです……」
でもお薬貰ったからもう大丈夫ですね、と安心したように笑う女の頭を土方はゆるりと撫でた。

  ◆

その日、女はひどい吐き気に苛まれていた。さらには、異常な寒気を感じている。幾ら此処が北の地であると言ってもおかしかった。これはどうしたことだろうか。
手も震え、思考もぐるぐると巡り最終的には「薬が欲しい」というところに着地する。もしかしたら風邪でもひいているのかもしれない。だからあの薬を求めているのではないか。
女は両の腕で自らを抱き締めるようにし、覚束ない足取りで土方の元に向かう。女の様子を見て土方は目を細めた。
「……どうした?」
「あ、の、……薬、欲しくて、でも、寒くて、それで、」
最早何を言っているのか判らない。しかし土方は全て解っている、とでも言うように腕を広げた。
「寒いなら暖めてやろう。薬も、此処にあるぞ」
「…………」
土方の言葉に女はふらりと近寄った。そのまま倒れ込む女を土方は優しく受け止め、腕の中に閉じ込める。
縋りついて身体を震わせる女の眼前で、土方は薬を指先で弄んだ。
「あ……」
「自分で飲むといい」
そう言って、土方は丸薬を唇に挟んだ。女の両手は押さえつけられ、手で取ることは出来ない。
どうしたら、と女が視線で問う。土方は何も言わない。ただ、口で取れ、と土方の目が暗に言っていた。
「…………」
漸く、全て仕組まれていたのだと女は気付く。この瞬間を男は待っていたのだと。
それでも欲には抗えず、女は男の唇に自らのそれを重ねた。


終.

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