Sucreve
元カレ埋めておいたよ






「元カレ埋めておいたよ」
恋人である鶴見さんにそう言われたのは金曜の夜だった。
毎週金曜、私達は一緒に食事をする。たまに互いの家のこともあるけれど、大体は外食だ。
仕事が終わって、逸る気持ちを抑えながら待ち合わせ場所に向かって、夜に期待して胸を膨らませる。それが金曜の私の心情。
今日もそうだった。残業になりそうなところを必死に働いてファインプレーに近いこともして、どうにか定時で上がった。
急ぎつつ、けれど見苦しい格好は見せたくないから髪もメイクも整えて待ち合わせ場所へ向かった。
鶴見さんは既に来ていて、文庫本を手にしていた。カバーがしてあるから何の本かはわからないけれどきっと私なんかが手に取ることはないような本なのだろう。
それをぱたりと閉じてにこりと柔らかな笑みを浮かべる鶴見さんを見られるのは恋人である私の特権だった。
そうして二人、夜の街へと足を進めて、鶴見さんが予約してくれていたホテルのレストランで食事をしていた。フルコースを堪能して、デザートのプチフールを一口食べた時だった。
私が何の反応も示さなかったからだろう、鶴見さんは再度「元カレ埋めておいたよ」と笑った。
私はどう反応していいのかわからず「そうですか」と返してまたプチフールを口に入れた。あっさりとしたチョコレートの甘さが舌を滑る。
「存外取り乱したりしないものだね」
「……お恥ずかしい話ですがちょっと何を仰っているのかわかりかねてまして……」
皿の上の赤いソースをフォークで集める。舌先に走る酸味はラズベリーだろうか。妙に冷静な頭とは違い、身体は小さく震えた。指先で操るフォークがかちゃかちゃと耳障りな音を立てる。
「うん、そうか。君の元カレ、覚えてるかな?」
鶴見さんが口にした名前には覚えがあった。私の初めての恋人だ。大学時代に出会い、恋に落ち、社会人になった頃に破局した。新社会人ということもあり忙しく、お互い上手く時間も心も作れなかったのだ。
覚えていますと返してまたプチフールを一口。甘味にソースの酸味がかき消されていく。
「その彼をね、埋めておいたよ」
「……それは、比喩、ですか?」
仮に比喩だとして何の比喩になるのだろう。全く想像が出来ない。ただ私が相当混乱しているということは理解してくれたようで鶴見さんは「そのままの意味だよ」と微笑んだ。
「そのまま……」
ということは元カレを埋めたということだ。ただの繰り返しになってしまうがそれでも脳は理解してくれない。デザートを味わうくらいには冷静なくせに何故こうも回転が遅いのか。それくらい鶴見さんの発言が衝撃的だということなのだろう。
埋めた、それはつまり彼を殺したということだろうか?何故、何の為に。
考えてもわからない。彼が死んだらしいという事による悲しみよりも、何故鶴見さんがそんな事をしたのかということばかりが気
になり恐る恐る尋ねた。
「……それは、どうして、ですか?」
「うん?君の初めての恋人だって聞いたからね」
「…………」
それでどうして埋めるという発想になるのだろうか。私の思いを読んだかのように鶴見さんは語る。
「元カレと偶然出会ってよりを戻すだとか、焼け木杭に火がつくだとかあるだろう?私達の幸せな未来に不安要素は排除しておかないといけないからね」
穏やかな口調で鶴見さんはそう言うと懐から何かを取り出した。黒い、小さな箱だった。
「私は君の未来にいたいんだ」
私に向けて開けられたその中身は透明な石の光る指輪だった。
ああ、きっと元カレの殺害報告とプロポーズを同時に受ける女なんて、世界広しと言えど私くらいのものだろう。
「……さて、色よい返事を聞かせてくれるかな?」
鶴見さんの目が細められた。うっとりと、柔らかなその笑みの下にとんでもない闇が広がっていることなど誰も知らないだろう。
その闇を知らせて、見せておきながら、それでも最終決定権は私に寄越すだなんて。
ああ、この人は私自身が自らの意思で彼の側にいることを望んでいるんだ。
君の未来にいたいだなんて甘い言葉、きっと彼の本心ではない。彼の本心は、あくまでも私の意思で彼の隣に立つことを選ばせたいんだ。
それを理解した私の唇からは、彼の望む言葉以外出てこなかった。


終.

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