Sucreve
空っぽの世界は今日も青い



夢主はちょっとだけ露語話せる喫煙者。露語で会話してると思ってください。

夢主死にます。
ヴァシリ視点。











『神なんていない』と彼女はよく口にした。同時に彼女の口から昇る白い煙は空へ還って逝く様で、宛ら彼女の信仰心にも見えた。
彼女の操る露語はどうにも辿々しかったが、何故かその一文だけは流暢に語った。彼女の背景に何があったのかは知らない。問おうにも問える身体ではなかった。

  ◆

『何かした?頭巾ちゃん』
離れた処で枯れ木に座り、一人煙草を吸っている彼女に近付けばふわりと笑いながら言われた。猫の様に細められた眼に勝手に親愛の意を汲んだが合っているだろうか。
隣に座っても彼女は嫌がる気配はなく、どころか少し寄って空間を作った。受け入れられている筈だと安堵した。
『これ、いい?』
指先を軽く上下させて言われた。煙草を吸っていてもいいかといった意味だろう。頷けば彼女は唇を弓なりにして煙草を啣え直した。先端が赤く燃え、彼女の唇から白い煙が吐き出される。
その白く細い指が妙に艶めかしくて、残しておきたいと思ったから画帳と鉛筆を取り出した。鉛筆を走らせ、煙草を持つ独特のその形を描き写していく。
『…………』
手を描いていると気付いたのか彼女は煙草を逆の手に持ち変えると手の形を変えた。顔を見れば底意地の悪い笑みを浮かべていた。
手を開いたり閉じたり、一本だけ指を立てたりと彼女の指は目紛るしく動く。鉛筆を持つ手を止めれば彼女は微かな笑い声を漏らした。
『ごめん』
本心なのかどうかわからないが彼女は近くに落ちていた枝を指に挟み固定した。動かせないと煙草が吸えないからだろう。けれどただの枝を挟んだ指には大して興味を持てなかった。
彼女が煙草を口元にやりながら不思議そうに首を傾げる。どちらかといえばその表情の方が好みだったので、そちらを描き始めた。
『何で』
予想外だったのか、彼女の頬が少し赤くなった。手を伸ばして画帳を奪おうとするので阻止してやる。
立ち上がり天へ掲げるようにしてやれば彼女の手は届かない。彼女は唇を尖らせて、『神なんていない』と呟いた。
こんな些細な事にすらそう思うのかと子供じみた思想に苦笑した。

  ◆

彼女は神はいないと言うが、神はいると教えられ育った身としてはそれは否定すべき言葉だった。異教徒である彼女の思想は理解出来なかった。
それでも彼女と過ごす時間は悪くなかった。拙いながらも露語が聞ける事が嬉しかったのかもしれないし、存外子供っぽい彼女を揶揄うのが楽しかったのかもしれない。
神はいる。我らを只天上から見下ろし見守る神が。故に私も彼女も存在しているのだ。ずっと、そう思っていた。
それは一瞬の出来事だった。彼女の頭が目の前で爆ぜた。赤色の霧が其処に広がり、彼女を包んだ。一拍後彼女の身体が傾き、地面に頽れる。咄嗟に彼女を抱き寄せた。
まだ辛うじて息があるが、銃弾は右側頭部から左後頭部へと貫通していた。これは、助からない。
彼女は私としっかり目を合わせると、ふ、と笑みを零した。そうして唇が小さく動く。
『…………』
声にはなっていない。しかし何度も聞いた言葉だ。何度も見た動きだ。彼女の最期の言葉は、いつもと何ら変わりのないものだった。
彼女の目から光が消える。その瞳には最早何も映っていなかった。事切れた彼女の身体はひどく重い。
『……神なんかいない』
よく晴れた青空の下、漸くそれを思い知った。




終.

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