Sucreve

捕まった




【捕まえた】の夢主視点です。







上司がヤンデレであると知ったのはいつだったか。
上司は真面目を絵に描いたような人間で、どちらかといえばそういった恋愛方面には興味が無いか、せいぜい教科書のような恋愛しかしていないのだろうと思っていたがそうではなかった。
恋人が出来ると彼はあからさまに趣味が変わる。机上に可愛らしいグッズが増え、使用しているマグカップや文房具なんかも明らかに女性が好むものに変わる。曰く、「彼女と同じ物を持ちたいのです」だとか。
最初は微笑ましかったが日に日に物が増え、少し電話をしてくると離席が増え、終業間際のステーションでライブキャスターに向かって「わたくしの何がいけなかったのですか!」と騒いでいるのを見てやっとこいつおかしいんだなと知った。配属されて半年程。その光景を見たのは十回目くらいだった。
「わたくしの何がいけないのでしょう」
他のてつどういんが出払った事務室。偶然にも上司と二人きりになったと思ったら唐突に言われた。
私に対して言っているのは明白だが何の話かわからず素直に「何の話ですか」と返した。
「また、別れてくれと申されました」
そういえば昨日廊下でぎゃんぎゃん騒いでいたか。電話で別れを告げられたのだろう。
「わたくしの何がいけないのでしょう」
再度同じことを呟く上司。今度は「わたくしはただ、恋人を想い、愛しているというそれだけですのに」と続けた。
その結果同じ物を持ったり一時間に一回は連絡をするというような行動に繋がっているというわけか。成程ヤンデレだ。
とはいえ刺しに行ったり必死に縋りついたりしない辺りはまだマシかもしれない。割とすっぱりと別れているような気がする。その程度だったのか、最後の理性で耐えているだけなのかはわからないけれど。
「愛が重いと言われますが何がいけないのでしょう。何が重いと言うのでしょう」
知らんがな。そう言いたいが一応は上司である。そう無下にも出来ない。
もう少し愛情表現を抑えたら、なんて言うのは簡単だがそれを口にしたくはなかった。私もヤンデレの気があるのだ。だから彼に感情を抑えろと言うのは自分の性質を否定してしまうようでしたくなかった。
上司程ではないけれど、私もこまめに連絡は欲しいしお揃いのアイテムも欲しい。叶うなら四六時中一緒にいたい。
ただ私はそれを表に出さない。決して。
以前付き合っていた彼に重いだの気持ち悪いだの言われて初めて自分が異常であると知り、二度とそれを表に出すまいと決めたのだ。自分を晒して傷つくくらいなら我慢した方がいい。なんて思っていたが結局それ以来恋はしていない。
そう思うと上司はなかなかに勇気があると思う。普通最初、せめて三回目くらいには自分が異常だと気付くはずなのに。
とはいえ、今後もそのスタンスでいくならやはり全て受け入れてくれる相手を捜すべきでは、としか思えなかった。なので素直にそれを口する。
「あー……まぁ、感じ方は人それぞれですからね。全部受け止めてくれる人捜したらいいんじゃないですか?」
「…………」
私の返答を聞いて上司は黙った。黙らせてしまった。もしや無責任なことを言うなと怒ってしまっただろうか。そんな人間いるわけないとかどこにいるんだとか。それは自分で探してくださいごめんなさい。
おそるおそる上司の方を見ると、彼は目を真ん丸に見開いて私を見ていた。
「……あの?」
「っ、い、いえ、……何でもありません。…………そう、そうですね」
意味の無い反応にも思える言葉を重ねて上司は「……コーヒーを入れてきます」と席を立った。一人残された事務室は静かだった。

  ◆

翌日から上司が妙に話しかけてくるようになった。
それも恋愛相談である。……いや、恋愛とは違うかもしれない。強いて言うならヤンデレ相談だろうか。何だそれ。
しかし実際そうなのだ。同じ物を持つことについてどう思うか、頻繁に連絡を取ることについてどう思うか。毎日そんな事を訊かれて正直、鬱陶しい。
やりたいようにやればいいじゃんと思った結果毎回「そうですね、ボスがそうしたいならいいんじゃないですか?」といったことを言って雑に話を終えていた。
……ところが今日は昼休みの時間が被ってしまった。食堂でもそもそおにぎりを食べていると正面に陣取られた。そうして「ストーカーについてどう思われますか」と突然切り出された。
「犯罪はちょっと」
「…………」
「……害を為さなければいいんじゃないかとは思います」
怪文書送ったり脅迫しなけりゃ見てるだけなんだから別にいんじゃないですかねと雑に返す。相手をずっと見ていたい気持ちはまぁ、わかる。
「ストーカーは親告罪だと思うんでバレなきゃいいと思うんですよ」
「……そうですか。それでは監禁について」
「えー……下準備はいりますよね場所とか……どうやって連れてくかとか……」
「そうですね」
何の話だろうこれ。もしかしてまた恋人出来たのかな。最近は作ってないみたいだったから醜態を見ることもなかったけどこの様子だと近々見ることになるかもしれない。知らぬどこかの彼女に同情した。
「あなたは監禁されたらどう思われますか?」
「どうって…………好きな相手なら許しちゃうかもですね」
両想いなら許せるんじゃないかしらと思う。それくらい愛されているという証拠だ。
「私もヤンデレの気があるんで」
ついつい言ってしまった。すると上司が驚いたように息を飲んだのが聞こえた。
「あっでもボス程じゃないです。至って普通にちょっと束縛強めの恋人くらいのあれです」
同類と思われたくなくて全力で否定した。いや本当この人程じゃない。あと表には出さないし。
「……そう、ですか」
「だからまぁ……許しちゃいそうですねぇ。それにストックホルム症候群とかあるし……優しくしてもらえたら好きでなくても落ちちゃうかもしれません」
そう言う私を見て上司は珍しく笑っていた。口元を手で隠してはいるがその瞳はキラキラと輝いていて笑っているというのがわかる。
「……ボス?」
言っておきますけどこれあくまで私の見解ですからねと釘を刺す。どこぞの女性にやっちゃダメですからね。上司が犯罪者なんて嫌だわ。
「……ああ、やはりあなたはわたくしの、」
言葉が終わる前に呼び出しの音が鳴る。どうやら挑戦者が来たらしい。上司は「行って参ります」と食堂を出て行った。この時最後まで聞いていたら少しは違った結果になっただろうか。

  ◆

数日後、私は慣れないヒールと格闘していた。今日は合コンである。といっても数合わせで誘われただけだが。
だからといって適当な格好で行くわけにもいかないよねとそれなりの格好である。朝も思ったけど世の中の女の子何でこんなもん履いて生活出来るんだろう。皆すごい。そのせいで朝ちょっと遅刻しかけたのはここだけの話。
てつどういんの服を脱いで髪を下ろしてメイクを軽く整えて、一応見られるくらいにはなったかなと更衣室を出たら、廊下の角を曲がったところで上司に会った。
「…………」
「あ、お疲れさまですお先に失礼します」
挨拶したが、上司は無反応だった。三角の口を大きく開き、どこかぽかんとしたような顔で固まっていた。
「ボス?」
あまりの硬直ぶりに怖くなった。何だ、そんなに化けたように見えるのか?それはないか。
まぁいいか、と再度「お疲れ様でした」と言いながら横を抜けようとしたら名前を呼ばれて腕を掴まれた。
「な、何ですか?」
「……何故そのような格好をされていらっしゃるのでしょうか。いつもと随分雰囲気が違いますが」
「ああ、今日合コン行くんです」
「は?」
「数合わせですけどね。そういうわけでそれなりの格好しとこうって……あの、ボス、痛いんですけど……」
掴まれた腕に徐々に力が入っているのがわかる。ぎりぎりと痛み始めたのでやめてくれるよう頼んだが上司は何も言わない。じっと私を見つめる。
「……そ、そろそろ行きますね」
何かヤバい気がする、と腕を振り解こうとしたけど出来ない。全く離す気配が無い。
「…………のに」
小さく何か言われ、聞き返す。上司はいつも以上にぶっ飛んだ目で言った。
「あなたさまはわたくしの運命の相手なのに何故そのような場所に行かれるのですか」
「は!?」
何だ、何言ってんだこの人。いつそんなことになった。
「わたくしを否定しなかったのはあなたさまが初めてでございました。ですからわたくしあなたさまがわたくしの運命の相手だと信じております。あなたさまだってわたくしと同じ思いを抱えて生きてこられたのでしょう?でしたらわたくしを選ぶべきでございます」
早口でまくし立てられた。いや、本当に何言ってんのこの人。何でそんな思考回路になったの。混乱する私に上司は言葉を続ける。
「ちゃんとマンションも契約いたしました。一応わたくしあなたさまの上司ですし関係性はそう悪くは無いと自負しておりますが今の反応を拝見しますとどうやらわたくしへの好意は無さそうですね。枷をはめるのは少しばかり心苦しくはありますがわたくしを好きになっていただけましたら外しますので」
つらつらと出てくる計画に背筋が冷える。あっそういえばこいつ暴走するヤンデレだったわ。
「……っ、は、……っ!」
離してと叫ぼうとしたが上司の方が早かった。ど、とお腹に鈍い衝撃を受けて目の前が真っ暗になる。
「やっと、捕まえました。わたくしの愛しい人」
とろりと幸せそうなその言葉がひどく耳に残った。



end.


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