はつこいを識る
【爛れたはつこい】のクダリさん視点です。
夕食の席で彼女が出来たと言ったら、ノボリに「いつでもいるでしょう」と言われた。
「ぼくだって……何だっけ、あれ、休憩することはあるよ」
「インターバルですかね。ご冗談を。例え別れたとしても三日と空けず次の方が出来るというのに」
実の弟にひどすぎやしない?確かに今回は別れて数分後だったけど。ノボリはふい、と立ち上がり食器を片付け始めた。
「前の方は一ヶ月半でしたか?今度はそれより保つといいですね」
「大丈夫。ノボリも知ってる子」
最近6両目の担当も始めたあの子だよ、と名前を出すと「職場の人間に手を出し始めましたか……」と何故か引かれた。
「向こうから告白してきたの!ぼくのせいじゃない!」
「それはそれは。……酔狂な方ですね。ですがあの方なら……そうですね、三ヶ月くらいは保ちますか」
「あの子優しいから半年はいけると思う」
「それでも半年ですか」
苦笑するノボリ。だって、しょうがないじゃないか。元々恋だとか愛だとかよくわからないんだから。
付き合ってくれと言われれば誰とでも付き合うし望まれればセッ
クスだってする。ノボリ的には心底軽蔑するらしいけど。曰くそういうことは本当に好き合っている相手とするものだとか何とか。いい年した男の台詞じゃないよね、と思ったけど言わずにおいてあげた。ぼくって優しい。
大体女の子達だってそれでいいって言ってくれる。他に好きな人がいてもいいとか自分のことが好きじゃなくてもいいとか遊んでもいいとか。だからお互い承知の上で付き合ってる。
……でも付き合って少ししたら皆『他の女の子と遊ばないで』だの『あの人と私どっちが好きなの』とか言ってくるのは何でだろう。
それがよくわからなくて、嫌なら別れよ、と言うと皆ひどく傷ついた顔をして去って行く。これじゃあノボリに爛れた恋愛ばっかりしてるって軽蔑されても仕方ないかもしれない。
でもね、ノボリ。僕だって一応ラインは引いてる。本当に好きだって思える相手としかキスはしないって決めてるんだよ。
◆
彼女との付き合いは驚く程順調だった。今までの女の子みたいに毎日連絡してなんて言われることもないし(そもそも毎日会ってる)、他の子と遊ばないでみたいなことも言われない。休みの度のデートも穏やかで楽しくて、いい子だなぁと思っていたある日のことだった。
せっかく合わせた休みだったけど彼女は用事があるので、とデートが出来なかった。不意に空いてしまった休日、街をふらふらしていると女の子に声をかけられた。どうせ暇だしいいよと誘いに乗ってショッピングモールに行った時だった。彼女に会ってしまった。
「…………」
「……あー、の、これは」
隣の女の子がもしかしてヤバい?みたいな視線を向けてくる。彼女は特に何も言わないので「この子は友達」と言った。女の子が「そうそう!」と頷く。まだ何もしてないっていうかご飯食べたら帰るつもりだったし。だから間違ってない。
果たして彼女は、とドキドキしていると彼女は一言「あ、そうなんですね」と言っただけだった。
さらっとしていた彼女の反応。そうしてぼくたちに殴りかかるでもなく疑うでも泣くでもなく淡々と「じゃあまた明日」と去って行った。……え?
隣の女の子も「今の彼女さんじゃないの……?」と不安そうな顔をしていた。
「……彼女、だけど……」
「だよね……?」
「……ご、めん。彼女追いかけていい?」
「う、うん、いいよ。ばいばい」
女の子に別れを告げて彼女を追う。幸いそんなに早く歩いていなかったのですぐに追いついた。
名前を呼ぶときょとんとした顔で彼女が振り返る。
「はい?ってクダリさん。どうしたんですか?」
「どうって……お、怒らないの?」
「何がですか?」
彼女の表情は変わらない。別に我慢しているとかいう様子もない。
「他の女の子と遊んでたんだよ……?」
「はぁ。お友達なんですよね」
「う、うん……」
「なら別に。私も男友達の一人や二人いますし」
「…………」
彼女の言葉に何故かショックを受けた。それはそうだろう。友達が同性だけじゃないのは当然だ。けど今までの女の子にそんなこと言われたことは無かった。いくら遊びだと言っても皆信用してくれなくて、だから別れてばかりで。なのに何でこの子はそれでいいって言えるんだろう。更に自分も異性の友達がいる、なんて何でそんな事言うの。
「じゃあそういうことで」
「ま、待って、え……っと、きみ、一人……?」
「はい」
「じゃあ、デートしよ!」
「さっきのお友達さんは……」
「用事あるって。……あれ、そういえばきみも用事あるって」
「あー……」
彼女はどこかばつの悪そうな顔で視線を動かした。待ってまさかきみが浮気する側?遊ぶ側?どうしようぼくそんなの初めて。怒ればいい?でもぼくに怒る資格あるのかな。
彼女は困ったように「クダリさんが休めるかなと思って……」と呟いた。
よくよく話を聞けばぼくが休みは遊んで普段の仕事終わりなんかにバトルに関することをしているものだから少しは休んだ方がいいんじゃないかと思ったらしい。何その発想。
「……そんなこと気にしなくていいのに」
「でも……」
「いいの!ぼく誰かと遊んでる方が好き。だから、デートしよ」
「…………はい」
そういうことなら、と彼女は頷いてくれた。本当、こんな子初めてだ。
◆
「……ってことがあったよ」
「それはそれは……希有な方ですね」
ノボリの中で彼女の評価が酔狂から希有になった。格上げかな。下がってはないはず。
「遊んでも気にしない、怒らないなんて方そうそういませんからね。大切になさい」
「うん。……でもさ、何かもやもやする」
「もやもや?」
「うん。……彼女にも男友達いるとか、当然なのはわかってる。なのにもやもやする」
素直に感じたことを述べるとノボリはその顔から表情を消した。そうして「それが嫉妬という感情ですよ」とどこか優しい顔で言った。
「嫉妬……」
「ええ」
このもやもやとしたのが嫉妬。すっごく嫌だ。胸の辺りとお腹の辺りがぞわぞわとして叫び出したくなる。今までぼくと付き合った子は皆こんな気持ちを抱えてたのか。どうしよう。謝りたい。
「それにしても随分と遅い初恋ですね」
「え?」
「好きでもない相手に嫉妬はしませんよ」
「…………」
恋。好き。だから嫉妬する。世の中の人達にとっては至極当然のことが漸く理解出来た。
「……ちょっと出てくる!」
無性に彼女に会いたくなった。「こんな時間に行くのはご迷惑ですよ」と言われたけど気にしない。
彼女に会って、好きって言いたくなった。思い立ったが吉日、彼女に向かって全速前進!
◆
「え、本当に来たんですか?」
「来ちゃった」
何度か来たことのある彼女の家に行くと彼女はとてもびっくりしていた。夜なのもあるだろう。途中で連絡を入れはしたけどあんまり信じてもらえてなかったようだ。
「と、とりあえず……どうぞ」
「お邪魔します!」
上がらせてもらうと彼女は晩ご飯を食べたとこらしくてテーブルにお皿が乗っていた。中身は無かった。何食べたんだろ。
「えーと……お茶にします?コーヒーにします?」
「……コーヒーがいい!」
「わかりました」
空のお皿を持って彼女がキッチンへ消える。部屋をきょろりと見回して、何度も来ているのに不思議と高揚したのはきっと彼女を好きだと思ったからだろう。
少しして彼女がマグカップを持って戻ってくる。中は真っ黒ではなくて、ぼく好みにミルクが入っていた。
「お砂糖二つでよかったですよね」
「うん、ありがとう」
彼女はぼくのことをよくわかってくれている。それがとても嬉しくて胸の辺りがじんわりと温かくなった。これも彼女のことが好きだという証拠なのだろう。
「それでどうしたんですか?いきなり」
隣に座った彼女がマグカップを両手で包みながら言った。きみに好きって言いたくなって。
そう言おうとして、止まる。待って、何これ、全然言えない。声が出ない。
たったの二文字なのに喉が乾いて張り付いたようになって舌も唇も動かない。なのに思考だけはぐるぐると巡って身体を動かそうとする。だけどそれは上手くいかなくて、手が震えた。
「クダリさん?」
「…………」
それなら行動で、と彼女の手を掴む。彼女は驚いた様子だったけど嫌がりはしなかった。だからそのまま抱き締めて、キスしようとした。彼女の頬を包んで、目を閉じるよう促した。
だけど彼女は「あ、あの、シャワー浴びて来てもいいですか?」とやんわりぼくの手をどけた。
「え、あ、うん……」
拒否、された?いや、そんなことないよね、ただこの後するんならってだけだよね?急に不安になったけど彼女が戻るのを大人しく待つ。最中なら出来るかな。
◆
結論から言うと昨夜結局キスは出来なかった。セックスはした。
彼女を抱く前も最中も終わってからもキスしようとする度彼女は器用にそれを避けた。ぼくに抱きつくようにして顔を避けたり、口元に手をやってキスを出来なくしたり。無理矢理してもよかったけど何となく出来なかった。嫌われてしまう気がして。
「……どう、思う?ノボリ」
「部下と弟のそういう事情を聞かされるわたくしの身になっていただきたいと思います。それも職場ですよ」
「だって……」
朝はそのままバトルサブウェイに来たんだからしょうがないじゃんか。ソファーで膝を抱えながら言うとノボリは溜息をついた。
「だからといって仕事中にする話ですか」
「…………」
今日のノボリ冷たい、と文句を言うがノボリはどこ吹く風。書類をとんとんと重ねて揃えている。もうぼくの話に全然興味が無いらしい。束ねた書類を脇に置いて、ノボリが言った。
「案外、あちらも遊びなのかもしれませんよ」
何気ない口調だった。あまりに軽く言われたものだったから右から左へとノボリの言葉は一瞬で抜けていった。
「クダリ?……泣く程ですか」
「え……」
ノボリに言われて自分が泣いているのに気付いた。頬を熱いものが伝って、ぽたりぽたりと膝に落ちる。そんなこと、考えなかった。散々遊んで来たのに何を言ってるんだって話だろう。だけどそれくらいに衝撃だった。
「……今までの子に謝りたい」
「土下座行脚でもしますか」
「……無理……」
「でしょうね。……暫く代わりは務めますからきちんと話しなさい。それでは何も出来ないでしょう」
ノボリがそう言うのと同時にドアがノックされる。「失礼します」と声がした。それは紛れもなく彼女のものだった。ノボリが「どうぞ」と返して入って来たのは勿論彼女。
「お呼びですか、ってどうしたんですかクダリさん!?」
「な、何、で」
「先程メールで呼び出しました。拗れる前にきちんと話して解決なさい」
そう言い残してノボリは部屋を出て行く。ぱたんと扉が閉じられて、俄に部屋は静かになった。びっくりしすぎて涙は止まった。
「な、何の話ですかね……?」
困惑する彼女に手招きして、隣に座って貰う。彼女はやっぱり困惑したままだった。折角ノボリがお膳立てしてくれたんだ、ちゃんと彼女と話さないと。
とはいえ何からどう切り出していいのかわからない。そわそわと身体を揺らして、でも彼女にこれ以上嫌われたくなくて、やっと口を開いた。
「……あのね」
「はい」
「……きみはぼくのこと嫌い?」
「えっ?」
やっと絞り出した言葉に彼女は更に困惑しているようだった。もっと何か違う表現の方がよかっただろうか。だけどそんなの思いつかない。
「…………だって、昨日、……キスさせてくれなかったから、……ぼくとは遊びなのかなって……」
ぼそぼそと言うと「……それはクダリさんの方なんじゃないんですか?」と少し冷たい声が返ってきた。
「クダリさんだって、今まで私にキスしたこと、無い、ですよね」
「…………」
バレてた。確かに今まではそうだ。別に彼女のことが嫌いというわけじゃなかったけどキスしたいとか思ったことはなかった。それが彼女のことが好きだと思った途端したくなったんだからぼくもだいぶ現金だ。
「……ごめん。今まではそうだった。だけど、今は違う。ちゃんときみが好き」
素直に言葉にすると彼女は目を丸くする。信じてもらえてないような気がしたので「本当。きみのこと好き」と重ねて彼女の手を取る。冷たくてみっともなく震えてるけど彼女はそれを指摘したりはしなかった。
「……本当、ですか?」
「うん!」
強く頷いたら彼女は「……私も、好きですよ」と笑ってくれた。
「じゃ、じゃあ、……キス、していい?」
「は、……え、ここで!?ですか!?」
途端に彼女がおろおろする。確かにそんなことする場所じゃない、わかるけど、したくてたまらない。なので「一回だけ!」と顔の前で手を合わせた。
「……い、一回、だけですよ……?」
彼女が頬を赤らめながらも頷いてくれたのでそっと彼女を抱き寄せた。彼女の頬に手を当ててぼくの方を向かせて。きゅ、と目を閉じたのが可愛くて、そのまま口付けた。
柔らかくて温かい。一回だけ、って約束だったから離れたくなくて暫くそのままくっついていた。本当は舌も入れたかったけど怒られそうだから我慢した。
「……な、長いですっ!」
彼女が背を反らすようにして唇を離す。その反応がまた可愛くて、「もう一回だけ!」とワガママを言った。
「……あんまり長くしないでくださいね」
「うん」
もう一回だけ、と交わしたキスはどこか甘くて。ああ、恋はこんなにも甘いものなのかと初めて識った。
end.
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