爛れたはつこい
【はつこいを識る】の夢主視点です。
私の恋人はサブウェイマスターをしていると言うと必ず黒?白?と聞かれる。
そうして白、と答えるとこれまた必ずご愁傷さま、という視線を貰う。理由は簡単、彼が遊び人だからだ。
サブウェイマスターの白い方、クダリさん。最近出来た私の恋人だ。
黒い方のノボリさんは真面目な方なので浮気とかしない。むしろ病み気味なので浮気なんてありえないという噂である。
そんなクダリさんと付き合えるようになったのは彼が遊び人であるということに他なら無い。遊び人でもなければこんな、別に美人でもなければバトルが上手いわけでもない女相手にしてくれるものか。
そこにつけ込むように、彼が別れ話をしているのを聞いて、平手の音が鳴るのを聞いてから彼の元へ行った。
ひどいですね、大丈夫ですか、私ならこんなことしないのに。……私はずっとクダリさんのことが。
そんな風な事を言って、彼の隣を陣取ろうとした。その目論見は勿論成功。想像以上にあっさり彼と付き合う事になった。私が言うのも何だけどそれでいいのか。
私はバトルサブウェイの乗務員……要するにてつどういんである。元々は別の仕事をしていたがバトルサブウェイで戦う彼に惹かれ、この職に就いた。……残念なことに配属されたのはシングルトレインだったけど。それでも彼の姿を毎日見られるというのが嬉しかった。
勤務を始めてから彼が遊び人であると知り、色んな女性を取っ替え引っ替えしてるのを見た。けれど悲しいかな、恋心は無くなりはしなかったし、どころか悪化した。遊び人だと言うなら私でもいいんじゃないかと。
そうして付き合い始めて、やっぱり遊び慣れているな、と思った。デート先も、デート中の振る舞いも、とても遊び慣れている人だった。勿論彼が遊び人だというのは知っていたから全く嫌ではなかったけれど。
だけどやっぱり彼にとっては私も遊びなのだろう。だって、彼はキスをしてくれない。
情事の最中は勿論、別れ際のキスなんて甘ったるいことはしない。それ以上のことは何度もしているというのに。
それでもいいさ、と開き直って割り切って。そうしてある日ふと気付く。めっちゃ遊んでるけど何でこの人強いの?
私もバトルサブウェイで働いている。なのでそれなりにポケモンバトルは強い方だと自負しているがそれでも勿論ボス達には敵わない。
さり気なく聞いてみれば休みは遊ぶので仕事終わりなんかに孵化や厳選やなんかをしているらしい。成程。……疲れないかそれ?
多分心配するポイント違うと思う。わかってる。だけど真っ先に思ったのはこの人の身体大丈夫か?だった。
なのである休日、デートに誘われたけど用事があると断った。そうすれば彼も多少は休めるんじゃないかと思ったのだ。断った時の彼はちょっと寂しそうに見えたけど多分気のせい。だって彼にとっては私も遊びだから。
私は用事らしい用事ではなかったが買い物に街へと出かけていた時だった。彼が知らない女の子と歩いていた。いや休めよ。
そんな私の考えなんて知らない彼は「友達」と女の子を紹介してくれた。それはどうでもいいよ。休めよ。
いわゆる修羅場になることを恐れたのだろう、彼はおろおろとしていたし隣の女の子もおろおろしていたが正直私はそんなのどうでもよかった。だってあなたが遊び人だってちゃんとわかってるもの。
最悪知らない女の子とホテル行っててもその現場さえ見なければいける気がする。シュレディンガーの何とやらだ。彼が浮気しているかもしれないししていないかもしれない的なそんな。観測するまで現実は確定しないのだ。っていうか彼が遊びだと言うなら、まぁ。
なのでショッピングモールをうろつくくらいはどうってことない。この後仮にホテルに行くんだとしてもその現場を見たわけではないから問題無い。うん。
脳内で持論を展開するだけしてそれを口にすることはないまま彼に背を向けた。……それにしても本当元気だな?遊んでないと死ぬのかしら。
そんなことを思っていると名前を呼ばれた。振り返ればクダリさんが立っていた。
「あ、あの、……怒らないの?」
「何をですか?」
「だって、ぼく、きみ以外の女の子と遊んだ……」
「友達なんでしょう?」
「う、うん」
「私だって男友達の一人や二人いますし。遊びなら気にしませんよ」
へらりと笑うと何故かクダリさんはショックを受けたような顔をしていた。笑顔だけど固まって、まるで画面がフリーズした通話画面のようにクダリさんは何も言わない。
納得してくれたかな、と「それじゃあまた明日職場で」と別れようとしたら腕を掴まれる。
「?」
「き、きみ今一人!?」
「はい」
「デートしよ!」
「…………お友達さんは……」
「用事あるって!……あれ、きみも用事あるって言ってなかった?」
「あー……」
下手に誤魔化すのもなと素直に「そうしたらクダリさんも休めるかなって」と答えた。するとクダリさんは何を言っているのかわからないといった顔をする。
「だって、終業後に厳選とかしてらっしゃるんでしょう?だったら休みをそちらに充ててもらった方がゆっくり出来るか
なーと……」
思いました、尻すぼみになる言葉を聞いたクダリさんは「そんなこと気にしなくていい!」と言った。
それは本心らしく、その後のデート中クダリさんは楽しそうだった。やっぱり遊んでないと死ぬんだろうなこの人、と思ったのは秘密。
◆
「今から行く!」と連絡があったのは午後九時を回った頃だった。
相手は恋人であるクダリさん。いや何で、とツッコもうにも彼のアーケオスの速さを思い出してやめる。もしかしたら宛先間違いかもしれない。ノボリさんとか。他の女の子とか。
けれど少ししてからチャイムが鳴った。出ればいたのは確かにクダリさんだった。
「本当に来たんですか……」
「来ちゃった」
一体何をしにと思いつつ会えたのは嬉しいのでそのまま彼を上げてコーヒーを出した。ちゃんと砂糖もミルクも入れておいた。
「それでどうしたんですか?」
「あのね、」
そこまで言ってクダリさんが固まる。何か喉につかえているように唇だけをはくりはくりと動かして瞬きを何度も繰り返した。
「クダリさん?」
「……っ、あ、の」
クダリさんはおろおろとしながら私の手を握る。反対の腕で抱き寄せられて、クダリさんの腕の中に収まってしまった。
どうしたんだろうと思ったらクダリさんの手が頬を包んだ。どこか柔らかい欲を感じた頃にはクダリさんの顔が近付いて来ていたので、咄嗟に「シャワー浴びてきますね」と彼の手をどけた。
クダリさんはちょっとびっくりしたようだったけど手を離してくれたのでそのままバスルームに向かう。
……私の勘違いじゃなければ今キスされそうだった。何でいきなり。今までずっとキスなんてしたことなかったくせに。だから私もどこか本気になる気はなくて、彼の隣にいられればいいとか思っていたのに。
もしや本命が出来てフられて自暴自棄だとかそういうのだろうか。私はただの代わり、とか。きっとそうだ。そうに違いない。でなければいきなりこんなことするわけがない。
シャワーを浴びて戻るとクダリさんも「ぼくもシャワー借りていい?」と言ったので頷いた。ベッドで座って彼が戻るのを待つ。遊ぶのはいいけど誰かの代わりにされるのは嫌なのでキスは拒ませてもらおうと思いながら。
◆
その晩のクダリさんはどこかおかしかった。執拗にキスを迫ってきていたような気がする。顔が近いところにあるので抱きついて逸らしたり、声を我慢するフリで口を押さえたりとして誤魔化したけど如何せん微妙だったと思う。自分でも。
翌朝何となくテンションの低いクダリさんに朝食を出したら一応食べてはくれたけどやっぱりしょんぼりとしていた気がする。……思い当たるのはキスを拒んだことだけど……そもそも本当にキスしようとしていたんだろうか。何か違う、せめて頬ずりとかしようとしてたくらいではないのだろうか。だとしたらちょっとごめんなさい。
そんなことをぼんやり考えながら働いているとノボリさんから呼び出しが入った。何ぞやと執務室に行くと、その大きな目から大量の涙を流しているクダリさんがいた。
「えっ、ど、どうしたんですかちょっと!」
慌てているとノボリさんが「拗れる前にきちんと話しなさい」と言い残して部屋を出て行ってしまった。泣いているクダリさんといきなり二人きりにされても本当、困るんですけど。
何の話ですかねと思ったらクダリさんに手招きされたのでソファーに座る。暫くしてからクダリさんがやっと口を開いた。
「……あのね」
「はい」
「……きみはぼくのこと嫌い?」
「えっ?」
急にどうしたんだろうとクダリさんを見るとどこか顔色が悪かった。
「…………だって、昨日、……キスさせてくれなかったから、……ぼくとは遊びなのかなって……」
ぽそぽそ言われて、「……それはクダリさんの方なんじゃないんですか?」と返す。キスしたくないのはそっちじゃないの?
「クダリさんだって、今まで私にキスしたこと、無い、ですよね」
そう言うとクダリさんは申し訳なさそうに視線を右往左往させた。そうしてから「……ごめん。今まではそうだった。だけど、今は違う。ちゃんときみが好き」と呟く。
唐突な告白が信じられなくて瞬きを繰り返していると「本当。きみのこと好き」と言葉を連ねて手を握られた。クダリさんの手はちょっと冷たくて震えていて、どうやら本気らしいと知った。
「……本当、ですか?」
「うん!」
「……私も、好きですよ」
「じゃ、じゃあ、……キス、していい?」
「は、……え、ここで!?ですか!?」
職場だぞ。しかも私にとっては上司の部屋。どうなんそれ、と慌てているとクダリさんは顔の前で手を合わせる。
「一回だけ!」
必死なその様子がどうも可愛くて、一回だけならいいだろうかと頷いた。
「……い、一回、だけですよ……?」
クダリさんはいつも以上の笑みを見せると私に手を伸ばす。軽く抱き締められて、頬に手が触れた。目を閉じると唇に温かな感触。
流石に舌は入れて来なかったけれども角度を変えながら暫くキスは続いた……って長いな!?
「……な、長いですっ!」
どれだけするんですかと無理矢理身体を離すと残念そうな顔のクダリさんがいた。
「……もう一回だけ!」
顔の前で合掌して頼んでくるクダリさんの目は潤んでいてとても必死に見える。仕方ないので「あんまり長くしないでくださいね」と言えば彼はうん、と満面の笑みで頷く。
いつも以上ににこにこと微笑む彼は何とも嬉しそうで。どうやら私は彼の爛れたはつこいを成就してあげられたらしいと知った。
end.
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