守護天使リディアとロクサーヌ土産

「調子はどうですの?」
「全然よぉ。悲しいほどに進歩なし。そっちは?」

 リッカの宿屋は多くの冒険者たちが集う、憩いの場でもある。リディアもまた、リッカの宿屋でひと時の休息を楽しむ冒険者であった。ただし、ここはリディアのいる世界とは別の世界である。

「わたくしもですわ。全く、どうして何も進展しないのかしら……」

 ティーカップをテーブルの上に置き、頬杖をついてため息をついたのはリディアの友人であり、ある意味戦友でもあるカレンだ。動作の一つ一つに育ちの良さが現れている。

「色々、あったんだけどなぁ」
 リディアもカレンにつられて薔薇色のため息をついた。
 リディアとカレンがため息をつく原因とも言える彼らを見てみると、あちらはあちらでお菓子を囲み、それなりに楽しんでいるようだった。相変わらずアルティナとリタはただならぬ雰囲気を漂わせているし、インテとルルーも互いに遠慮しているが、もはや長年連れ添った男女のそれである。

「どうして何も進歩しないのでしょう……」
「ほんと、謎よねぇ」

 リディアはリタらからもらったお菓子の包みを開けた。
 カレンもリディアに倣ってリディアが買った『ごとーち土産』なるものを出す。どのお菓子を手土産にするか悩んだ結果、平和を象徴するらしい動物を形どった饅頭を土産として選んだ。お菓子の名前には、何かの劇の名前を拝借しているらしい。

 リタがロクサーヌから購入したという『ごとーち土産』なるものを口に含むと、くどくない、ほんのりした甘さが口の中に広がる。乾燥したお菓子故、口の中の水分が多少奪われてしまうので、リディアは梅の味のするお茶を口に含んだ。こちらは少し前にアイクから手土産として渡された品である。お茶の中に花のような形をした小さなや金箔が浮かんでおり、なかなかに乙女心を揺さぶる一品だ(ちなみにリディアはこれを選んだのはアイクではなくシルフなのではないかとにらんでいる)。

 運命の扉を管理するラヴィエル曰く、リタがウォルロ村の守護天使を務める世界と、アイクがウォルロ村の守護天使を務める世界は比較的近い位置にあるパラレルワールドらしい。そのため、あらゆるパラレルワールドで異なった『ごとーち土産』を販売するロクサーヌからも近い品物を購入できるのだとか。リディアも決して地頭は悪くないほうであるが、こういった少し複雑な話は頭がオーバーヒートしてしまいそうだ。例えばアイクの妹と共にパーティを務めるタクトや、リディアもよく知るアラン先輩であれば何の問題もなく理解できるのだろう。この場にいる人物であればルルーやレッセあたりだろうか。

「それにしても、不思議ですよね。世界が変わると買える特産品も変わるんですよ」
 大事な話があるから、と言って他のメンバーとは少し離れたテーブルで近状を報告し合うリディアとカレンとはうってかわって、ルルーらは六人で仲良く大きなテーブルを囲んでいる。六人が座れるテーブルはそれなりに大きく、そこにはリディアらのテーブルの上に置かれたお菓子以上に様々な品物が置かれている。
 ログが「これ、魔法(マジ)うめーっすよ」とぼりぼり食べている揚げ菓子はレッセが以前アデリーヌからもらった『ごとーち土産』だそうで、アランの住む世界限定の特殊な醤油で味付けされたものだ。……と、リディアはアランがドヤ顔で語っていたのを聞いていたのだが、実はユランも同じお菓子をロクサーヌから購入したらしい。限定とは一体何なのだろう……。

「僕、最初ユランやアイクさんと出会って、パラレルワールドで変わっているのは誰がウォルロ村の守護天使をやっているか、この一点だけだと思っていた時期があったんですけど、意外と細かい違いがあちこちにあるのかもしれません」

 ルルーもレッセも、出会った当初は喋り下手も相まってほとんど会話になっていなかったが、やはり同じ学校を卒業したというのは大きいのだろう。今ではしばしば頭の良さそうな会話を繰り広げている。

「あー、確かにな。お前のとこによく来ている金髪のチビなんか喋り方すげーし」
 砂糖もミルクも入っていない珈琲を飲みながらアルティナが話す。アルティナの言う「喋り方の凄い金髪のチビ」は十中八九、アデリーヌのことだろう。そう言えば以前アイクがアデリーヌのことをアラリーヌと間違えたエピソードがふいに頭に浮かび、リディアは思い出し笑いをした。
 ちなみにインテもアルティナと同じ珈琲を飲んでいるはずなのだが、彼の珈琲にはテーブルに置かれていた瓶に入っていた全ての砂糖が注ぎ込まれている。
「僕もアデリーヌもこれからもっと伸びるし」
「えー、二人とも目線が合わせやすいし、私としてはこのままでいてほしいんだけどなぁ」
 心の底から困ったように言うリタを横目に、アルティナが心の底から不機嫌そうな表情をする。
「どうしたの、アル」
「……別に」
 不機嫌そうな顔がデフォルトなアルティナの小さな表情の変化を読み取るリタは、しかし、その理由までは思いつけないようだ。アルティナが不機嫌になる理由など、おバカなログとある意味張本人ともいえるリタ以外には丸っとお見通しなのだが……。カレンが「進歩なし」と言っていたその訳を、リディアは痛感した。なるほど、これではカレンの気苦労はもうしばらく続くだろう。もちろん、それはリディアも同じで。

「レッセに友人ができるなど大変喜ばしいイベントもありましたが、肝心の二人が何も進展しないのですわ」
「レッセとアデリーヌがお友だちになったのって、前に私たちがお茶会した時よりだいぶ後だったと思うんだけどなぁ……」
 お互いに渡しあった手土産を口にしながら、リディアとカレンは何度目か分からないため息をついた。

「お二人の友情が育まれる姿を見るのは大変心温まりますし、可愛らしくて癒されますけど……」
「ていうかさ、レッセとアデリーヌが友情を深めるスピードの方が絶対早いよね!誰と誰のどんな仲が深まらないとは言わないけど」
「全くです!レッセとアデリーヌの友情パワーをいただくといいと思いますの!誰と誰がいただくとは言いませんけど」
 カレンの嘆きに頷くことしかできない。今日はまだお酒を飲んでいないはずなのに、この調子ならガンガン喋られそうだ。一応シラフだからか、テーブルを叩かないという理性だけは残っている。

「私、最近思うんだけど、誰かさんたちが付き合うより先にアイクが友だち100人を達成するじゃない?」
 いつだったか、アイクが「俺の目標は友だち100人作ることだ!」と高々に宣言していた気がする。かくいうリディアも何やかんやでアイクと友だちになった者の一人である。

「アイクと言えば、アイーシャとはうまくいっているみたいですわね。微笑ましいですわ」
「だよねぇ。気付いたらアイクが一人だけゴールインしてるから、私はびっくりしたわぁ」
 なんとなく、アイクは広く浅い付き合いを繰り返して特定の一人と深い関わりをすることはないと思っていただけに、リディアとしてはアイクがアイーシャとの恋を実らせたと聞いた時はニードがリッカの宿屋を継ぐと宣言した時くらいに衝撃的だった。

「ええ、アイクは早かったですわ。いえ、あのお二人もだいぶ時間がかかったのだと思いますが、どこかの誰かさんたちを見ていると、まるでスピード出世を見ているようで」
「なんだろう。結局、最後に笑ったのはアイクだったのね」

 リディアは最後のお菓子を口に入れた。ほんのり甘い味が広がる。



 きっと、誰かさんたちがこのお菓子のように甘い関係になるにはもっと時間がかかる。





守護天使リディアとロクサーヌ土産(終)




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Honey au Laitめぐさんからいただきました!
以前書いた仲間の恋を応援し隊小説の後日談ということで(以前いただいた頂き物小説こちらですかね!)……仲間の恋応援し隊の活動を垣間見ることが出来ます。それがもう楽しすぎて楽しすぎて死にます、私の表情筋が← 文章中にですね、たくさんのにやけポイントが無数に仕掛けられているので、それらに例外なくガンガン引っかかった私の頬の筋肉がそろそろ限界を迎えそうなんです。特にごとーち土産ネタはあるあるですよね〜、限定とか言っておいて実は別の場所でも買えるヤツ。ちなみに、私が一番「おいおい」って思ったのは南の島国で買えるお土産お菓子が東京のコンビニに堂々と置いてあったことです。コンビニとはいえ、いくら何でもコンビニエンスがピンポイント過ぎるぜと思った次第です。
それはそうと、インルルとアルリタですよ。じれったさが売りとはいえ、フタを開けてみればどちらもなかなか進展なくて、いつの間にかアイアイがどちらとも追い越してゴールイン決めてたという事実がじわじわ来てます← 14歳コンビの友情も順調に深まっているというのに……まぁこれはキャラだけでなく作者も頑張らなきゃですよね。リディアちゃんに良い報告が出来るようにアルリタも進展させます……!
私からめぐさんに差し上げたイラストがこんなにも素敵な交流小説となって返ってくるだなんて……なんだか私ばっかり良い思いをしているのでは……と多少ドキドキしたりもしますが、とにもかくにも遊び心満載の素敵小説をありがとうございました!
ALICE+