chapter1 04
「今日やたらとツイてねーと思ったらお前の体質のせいかよ?! つーか、言われてみれば俺全然被害受けてねーし……」
そう、あくまで災難が降りかかるのはシルフただ一人。シルフ持ち前の不運は、周りに迷惑をかけることは一切無いという謎の行儀良さも発揮していた。だから安心しろと言われてもそういうことではないとツッコみたくなる、ありがた迷惑な体質である。
目的の城へ向かう道すがら、今までどんな不運に襲われたのか、アイクがおそるおそるといった体で尋ねてきたので、シルフは負の方向に立派な武勇伝を語ることとなった。
「えーっと、つまり? 一日一回は黒猫が目の前を横切り、外出しようとしたジャストなタイミングで急に晴天が土砂降りになったり、なぜかモーモンの大群に襲われたりもしたっつーわけか……」
常人であれば体験することはないだろう。信じて貰えないことも往々にしてあるシルフの不幸の数々を、アイクは驚きはしても混ぜっ返す様子もなく、信じてくれたようだった。そのことを少し意外に思いつつ、シルフはふとタイムリーに起きた不幸な出来事を語る。
「ええ、あと他には宿屋でコーヒーを飲んでいたら喧嘩に巻き込まれたのですが」
「分かった、お前の幸の薄さは充〜分に分かった。あとそれは多分俺も知ってる不幸だな? 勝手にコーヒー飲んだりして悪かったって」
昨日のことを持ち出したシルフにアイクが待ったをかける。今まで数々の災難を被ってきたシルフとしては、冷めたコーヒーを奪われたくらいで不幸だとは思わない。むしろ、その直前までの騒ぎを収めてくれたことにお礼を言わなければならない。
「いえ、コーヒーは別に構いません。それよりも喧嘩を止めてくださったこと、本当に助かりました。ありがとうございます」
「あー、あれは……まぁ俺にはそれくらいしか手伝えねーから。宿の仕事手伝ったら物壊す自信しかねーしなぁ……」
アイクはどこか遠いところを見て呟いた。あの喧嘩の仲裁を見ていれば、腕っ節が強いのは分かる。だからだろう、シルフの目から見ても、アイクには宿屋を手伝うならば掃除や洗濯をするより護衛や用心棒の方が向いていそうな気がする。
「宿屋のオーナーとお知り合いなのですね」
シルフの泊まった宿屋は『リッカの宿屋』という。その名の通り、オーナーの名前を取った新しく改装オープンしたばかりの宿屋である。昨日アイクの口から『リッカ』という名前が出てきたので、オーナーと知り合いなのだろうと察していた。
「おう、リッカはウォルロ村にいた時にすっげー世話になったんだ。だから少しでも恩返しをしてーなーと思うんだが……守護天使の時ならコッソリ手伝えるんだけどな」
「え?」
「あ、いや何でもねー。ここ真っ直ぐ行けば城だな」
守護天使という言葉を聞いた気がするのだが、アイクはそんなシルフのひっかかりにも構わず遠目に見える城を眺めた。思わず足を止めて見上げてしまうほど、そこには大きく立派な城が佇んでいた。遠近感がおかしくなりそうだったが、城まではもう少し歩かなければならないらしい。
「おおー、近くで見るとすっげー迫力。俺こんなでっかい建物見るの初めてだぜ」
目の上に手をかざし、アイクは少しはしゃいだように笑う。それに対して口を開きかけたシルフよりも先に他の声がいきなり割り込んできた。
「チョット、アイクってばさっきから田舎者丸出しヨ。もーちょい大人しくできないワケ?」
今時の若者といった感じの女性の声だった。忽然と降って湧いたように聞こえてきたその声に、シルフはきょろきょろと辺りを見渡すが、それらしき人影は全くない。
シルフ達の周囲でもこれといって変わった様子はない――アイクの肩の辺りからひょっこりとピンク色の光が顔を出したこと以外は。
「これから王様に会うんだからサ、もう少しビシッとしておかないと何言われるか分かんないわよ?」
「この国の王は寛容な方ですし、黒騎士退治をしてくれるならば素性を問わないらしいですから、はしゃぐくらいの粗相をしたって見逃してくれますよ」
人づてに話を聞く限り、セントシュタイン王は王族であることを鼻にかけるような人物ではないということだ。人柄は真面目で公平、王の在位中は平穏な治世が保たれているのだとか。
シルフの説明に安堵したのかアイクは肩を撫で下ろす、が。
「なーんだ、それなら安心だな……って、俺が失敬なことする前提かよ!」
思わずと言った体でアイクのノリツッコミが炸裂した。さすが旅芸人。シルフは初めてアイクの旅芸人らしい一面を垣間見た。
「まーまー、落ち着いた仲間が出来て良かったじゃん。コイツかなりテキトーだからしっかりよろしく頼んだわよ僧侶」
「はぁ、まぁ……頑張ります」
一旦立ち止まった足を再び動かし始めたが、会話が一段落したところで「ん? あれ? なんか会話の人数多くね?」と奇妙な間が空く。
いつの間にか誰だか分からない相手にアイクのことを任されたシルフが、そこでようやく謎の声にツッコミを入れてみることにした。
「ところで、あなたはどちら様でしょうか」
「…………」
「…………」
一瞬、時が止まったかと思った。
アイクもピンク色の光も静止したまま動かない。かと思えば、ぎこちない動作で互いの顔を見合わせた、らしい。
そしてもう一度シルフの方を見たかと思えば、ガシッと肩を掴まれた。
「お、お前……ままままさかコイツが見えるのか?!」
「ちょっ、どーいうことヨ! 人間にアタシの姿が見えるとか聞いたことナイんですケド?!」
ピンク色の光もシルフに詰め寄る。そこでようやく、ピンク色の光が小さな少女の姿であることに気付いた。……妖精のような羽根を持ちながら、金髪ガングロという見た目は完全にギャルな少女の風貌に少し戸惑う。
「ええと……とりあえずお城につきましたし、この話は王に会った後にしませんか?」
城はもう目と鼻の先にある。こんなところで騒ぐなんて目立って仕方がない。シルフは城を指差し、少女の正体については後回しにして城へ入ることを提案する。
「そ……そうだな」
「つーかマジで落ち着きすぎなんですケド」
こいつ一体何者だ、というような視線を二人からひしひしと感じつつ、シルフは城へと足を進める。
とはいえ、シルフだって未知の存在に驚いてはいる。ただ、災難を被り過ぎたらしく、どんな状況でも冷静に対処するように心掛けていたせいか、リアクションが薄くなってしまっただけで。
共感してもらえるようなものではないと分かっていたので、シルフはその場を曖昧に笑って誤魔化すことにしたのだった。