chapter1‐02
森の中は、予想を裏切らない不気味さだった。
どんよりとしていて、鬱蒼としていて、そして暗い。
「さすが黒い森ね。今がまだお昼だとはとても思えないわよ。じめじめしてて気分まで参りそう」
軽口を叩きながら、踊り子――マーニャは黒い森についてそう感想を残した。
「……今のところ、魔物の気配はしないな」
森の中は不気味なほど静まり返っている。時折、風に吹かれて木々の葉が擦れる音がするだけだ。
だが、魔物はいつ現れてもおかしくない。気配を隠してこちらの様子を伺っている可能性もある。用心はしておいた方が良いだろう。
「ソロー、そんなピリピリしなくても今は魔物なんて出てこないんじゃないの?」
「……姉さんはもう少し緊張感を持った方が良いわ」
そう言ったのは、占い師のミネア、マーニャの双子の妹である。
「あんたらが緊張感出しすぎだから、あたしが場の空気を和ませようとしてるんじゃないの」
悪びれずに言ってのける姉に、ミネアは何度目か分からない溜め息をこぼした。目ざとく反応したマーニャが「幸せ逃げるわよー」とからかう。
姉の冷やかしを軽く黙殺すると、ミネアはソロに訊ねた。
「そういえばソロさん、この道で合っているんですよね?」
木々の並ぶ単調な道が延々と続き、いくつもの分かれ道を通り過ぎた時点で、ミネアはもう自分がどこを歩いているのか分からなくなっていた。地図はあるものの、その表示がざっくり過ぎて、最早自分達が今どの地点にいるのかもサッパリである。
すると、意外そうなソロの声が返ってきた。
「えっ……ミネア、もしかして分かってない?」
「……お恥ずかしながら」
気まずそうに目を伏せるミネア。だから、その時のソロの表情――ひきつった顔に気づけなかった。
「どうしよう、僕もだ」
「「…………えっ?!」」
姉妹の声がピッタリ揃った。
「もしかして。いや、もしかしなくても……マーニャも?」
「あたしはもう随分と前から、ここがどこなのか考えることすら放棄してたわよ」
「威張って言うことじゃないわ、姉さん……」
途方に暮れたような声音でミネアが呟く。いつもの呆れ顔、ではなく愕然とした表情だった。
「どうしましょう、私達……遭難しました」
「いや、待って。今来た道を帰れば戻れるはずだ」
つとめて冷静に、ソロは現状を把握しようとしていた。まだ遭難したと決まったわけではない。こんな時だからこそ、慎重に――。
「って、戻るのは良いけど……あたし達、本当にこんなところ通った?」
「……そんな怖いこと言わないでくれよマーニャ」
「……何だか私も自信がなくなってきました」
どうしよう、本格的に迷子かもしれない。
ひんやりとしたものが三人の背中を伝った時であった。
「あれは……二人とも、あそこに何か見えないか?」
近寄ると、確かに屋根らしきものが木々の合間から見えた。間近で見ると、立派な古い洋館のようだった。
「あら本当。……随分ボロい館みたいね」
「こんなところに住んでいる方がいたりするものかしら?」
首を傾げたミネアであったが、そんなこと他の二人も知っているわけがなく。
「どうする? 魔物の巣窟とかだったりしたら……」
「だから、怖いこと言わないでよ姉さん!」
「……とりあえず、入ってみようか」
意を決してドアノブを回す。
ギィ、と不気味な音を立てて、扉は開かれた。
(森の中の不気味な屋敷)
02(終)
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