chapter1‐03
これはどういうこと。
少女は階段の上で完全に固まっていた。ずっと待っていた者が帰ってきたと思っていたのに。予想に反してそこにいたのは、緑の髪の青年と、顔が瓜二つな女の人が二人。合わせて三人もいる。
――なんで、こんなところに人間が。
その思いは三人にとっても同じであった。この物騒な噂の森の中に建物があり、しかもそこに少女がいる。なぜだろう。
沈黙が横たわる。それを先に破ったのは少女の方だった。
「……どちらさま?」
警戒を露にした声音だった。突然知らない人が玄関にいたら、警戒するのは当然だろう。
「あの、私達は……」
「来ないで」
ミネアが歩み寄ろうとすると、少女は鋭くそれを制する。誰も寄せ付けようとしない空気がひしひしと伝わってきた。
しかし、突然のことに戸惑っているのは訪問者も同じだ。
「あなた達、誰なの。何で人間がこんなところに……」
尚も同じ質問を繰り返す。少女は人間を恐れているようだった。なぜかは分からない。
森の奥に少女が住んでいるだなんて、噂でも聞いたことがない。
ミネアは慌てて口を開いた。
「待ってください、私達はあなたを害するつもりはありません」
「そんなの、簡単に信じられるわけないじゃない!」
ごもっとも。見知らぬ者が自分の家に現れたのだ。怪しんでくださいと言っているようなものである。
しかし、ソロ達に害意がないのは本当で、その辺りは信じてもらうしかないのだが。
「そんなこと言われても、どうしろって言うのよ……」
途方に暮れたようにマーニャがぼやいた。
依然、少女は緊張のせいか強ばった表情で、強がるようにこちらをキッと睨んでいる。しかし相手は自分達よりも少々幼いだろう少女だ。小動物に威嚇されているのと大して変わらない。つまるところ、あまり恐くはない。
ただ、この警戒をどうやって解くかが問題なのだが。
「ソロ〜、どうする?」
「話して信じてもらうしかないだろう……」
こちらに疑いの目を向けているが、どうやら話の通じない相手ではなさそうだ。
ソロは事情を話そうと空気を吸う。
「俺達は旅の者だ。俺がソロで、こっちはマーニャとミネア」
「旅人……?」
自己紹介をすれば、少しだけ警戒が和らいだ。……本当に、ほんの少しだけだが。
「どうして旅人がこの森に?」
「森を抜けて砂漠に行く途中で、ここに来たのも偶然だ」
偶然を強調しておく。実際、この屋敷を見つけたのは偶然で、そこに少女がいるだなんて思ってもみなかった。
「迷ってしまったみたいなんだ。道を教えてくれないか」
畳み掛けるようにソロは続ける。しかし、それがいけなかったのかもしれない。ソロが一歩踏み出した時、少女の体がびくりと跳ね上がった。そんな大袈裟に怯えなくても。そう思ったと同時に、少女の足が階段の段差からずり落ちた。小さな悲鳴が少女から漏れる。
ソロ達と少女の間にある階段は、結構な高さがあった。
――まずい。
そう思った時には、ソロは少女を受け止めていて。
「ソロさん!!」
「ちょっと、大丈夫なわけ?!」
派手な音を立て、転がるようにして床に落下した。少女を庇うように抱えた結果、自分は少女の下敷きになっていた。
双子が心配して上から覗きこむ。ソロの視界に同じように心配した顔が二つ現れた。
「いたた……」
むくりと少女が起き上がる。どうやら怪我はなさそうだ。
「怪我はない?」
確認の意味もこめて尋ねた途端、目の前の少女が固まった。それから数秒もすれば状況を把握したらしく、急いで起き上がろうとして、今度は後ろに転がり込んだ。ソロの上を退いた。
「え……な、ななっ……?!」
顔を真っ赤にして慌てふためき、あわあわと口を動かしていた少女は、やがて落ち着きを取り戻し――
ごめんなさい。
ポツリとこぼした謝罪の言葉に、ソロは起き上がりながらふと笑った。
「無事なら何よりだ」
それを見て、少女はバツが悪そうに目をそらす。少女のなかでソロ達に対する認識を改めたようで、先程までのピリピリとした空気はなくなっていた。
「……その、悪かったわ。人間だからって疑ったりして」
「私達を信じていただけますか?」
ミネアの問いに、エトワールはこくりと頷いた。まだどこか頑なな態度は変わらないが、ひとまず信用してくれたらしい。
「ええ、……私を殺そうとしているなら、今みたいに助けたりしないでしょうし」
……何やら物騒な言葉が出てきた。少女には命を狙われるほどの何かがあるのだろうか。しかも、人間に狙われているようだ。それはなぜなのか。
少女に謎は残るが、今はとりあえずどうやって森を抜けるかである。
「それじゃ、早速道を……」
嬉々として尋ねるマーニャを遮るように、エトワールが言葉を被せる。
「でも私も、森の外に出る道とかは知らないの」
「え……、」
「嘘でしょ?!」
一番聞きたかったことを初っ端から宣言され、がっくりと肩を落とす。さすがに不憫に思ったのか突き放しすぎたと思ったのか、エトワールはその後すぐに補足した。
「……まぁ、もしかしたらオリヴィオなら知っているかしれないわ。もうすぐ帰ってくるはずだから少し待っていましょうか」
「オリヴィオ……?」
一緒に暮らしている者の名前だろうか。エトワールの話では、エトワールとこの家を守るための騎士なのだと言う。
「オリヴィオはよく森に出かけているから。もしかしたら森の出口も知っているかもしれない」
ただ、その肝心のオリヴィオがいつ戻るか分からないのが問題であった。
「それまでは……仕方ないし、この家にいるといいわ。今日は何だか天気が怪しいらしいから」
「え、全く雨なんて降りそうもないけど?」
「とにかく、今日は雨なの。そう言ってたもの!」
誰が?
それを聞く前に、エトワールは早足でずんずんと廊下を去ろうとしていた。途中で、くるりと振り返り、つっけんどんに一言付け足す。
「そんなところで突っ立ってないで、さっさと上がってちょうだい」
(屋敷の少女)
03(終)
―――――
ひとまず出会えました。