007

翌日の朝。王都へと出発する日が来た。
フィオルは、頼みたいことがある、とクロム達に告げた。


「お願いです、私を自警団に入れてください」


フィオルが一晩かけて考えたのは、いっそのこと自警団に入ってしまうことだった。自警団に入ってしまえば、ペレジアの刺客から身を隠すことは難しくない。それに、自警団に言うからには体を鍛えることもあるだろう。ペレジアから隠れて力をつけるにはうってつけの環境と言える。
問題は、そう簡単に事が上手く運ぶかということであったが。


「ああ、いいぞ」


返ってきたのはサラッとしたクロムの声だった。
フィオルは一瞬、何を言われたのか分からず、理解が遅れてしまう。
たっぷりと沈黙を作った後、「えぇ?!」とのけぞりそうになった。


「何を驚いているんだ」


「いえ、あの……本当に? 自分で言うのも何だけど、怪しい人物を入れるのはマズイような……」


少々渋られても粘ろうと意気込んでいただけに、呆気なく許してもらえると逆に不安を感じずにいられなかった。
この人達は人を疑うということを知らないのだろうか、と思ったがそういうわけでもなかったようで。


「ご安心ください。クロム様リズ様に何か危害を加えるような方と分かり次第容赦なく切り捨てますので」


などと、フレデリクは爽やかな笑顔で物騒なことをのたまった。その発言が全然安心できない。
フィオルにはクロム達に危害を加えるつもりなど毛頭ないが、下手な真似をすれば簡単にバッサリとやられてしまいそうで怖い。


「…………心得ておくわ」


顔をひくつかせながらそう口にするので精一杯だった。
フレデリクに対して完全に腰の引けているフィオルだったが、クロムは取りなすように言葉をかける。


「まぁ、その心配はしていないけどな」


「それは、どうして……」


フィオルの疑問に、それこそ「どうして」とでも言うように、クロムは軽く首を傾げた。


「お前は昨日、町のために戦ってくれたじゃないか」


それだけで信じるに値すると、クロムは本気で言っているようだった。嘘を言っているようには到底思えない真っ直ぐな瞳を向けられて、フィオルは息を飲む。
――自分の存在を受け入れられることが、こんなにも嬉しく感じられるなんて。
しかし、それと同時に後ろめたさも付きまとう。


(こんなに優しい人を、騙すのね)


町を助けようとしたのは、ペレジアの暴動を思い出したから。あんな無力感を味わうのは御免だと思ったのだ。純粋な善意ではなかった。
そして、自警団に入ろうとしているのも、自分勝手な理由からだ。


「実は魔法を使える人材が不足していてな。これからも力になってくれるのなら助かる」


「そう、ですか……」


魔法を習っていて良かった。フィオルは自分に魔導書の扱い方を教えてくれた呪術士に心の中で感謝する。――ありがとう、サーリャ。呪術の実験台にされるのだけは勘弁して欲しかったけれど。


「やったぁ、これからよろしくねフィオルさん!」


嬉しそうにツインテールを揺らしながら、リズはフィオルの手を握る。あんまり嬉しそうに笑うので、フィオルもついついつられて笑顔を浮かべる。


(最低だわ、私)


せめて――自警団に入っている間だけは、この人達の力になろう。
そんなことで、騙したことに対する罪滅ぼしになるとは思わないけれど。
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