どこまでも広がる草原を走る。ただただひたすらに走る。――これでは、果てがないように思えた。
草原も、この鬼ごっこも。
雨が降っていることだけが幸いか。自分を狙う鬼(刺客)は、ペレジアでは珍しい、久々の土砂降りに少々手こずっているようだ。しかし、救いにも思えるこの雨は体を容赦なく濡らし、体温を奪っていく。天はどちらの味方もしないのね、と自嘲気味に笑う。
そんなことをぼんやりと考えながら、そろそろ限界が近いことを悟った。息はこれでもかというほど上がっているし、雨で体力は奪われるし、その上全身切り傷やら擦り傷やらはもう数え切れない。体はボロボロだ。足はもつれて、すでに何回か転んだ。
諦めてしまいそうな気持ちを、それでも何とか振り切って、前へ前へと足を動かす。
――そろそろ、国境についただろうか?
ひたすら東に進めばイーリスに着く、はずだった。ペレジアとイーリスは信仰を異にしており昔から衝突が絶えない。最近は特にペレジアからの挑発行為が度を過ぎていて、緊張感は高まるばかり、両国間の仲は過去最悪と言っても良い。
「…………あっ、」
一瞬にして肩が熱くなった。矢が飛んできて、それがかすったらしい。周りに気を遣う余裕など、とうに無かった。
(うそ……もう追い付かれたの?)
刺客が、もうすぐそこまで来ているらしい。追い付かれれば成す術もなく殺される。今、応戦するための魔導書は持っていないのだ。あれがなければ、自分など何も出来ない非力な子供にすぎず、もし今、賊にでも出くわしたらひとたまりもない。一巻の終わりだ。
その時、がくりと膝がくずおれて鋭い痛みを感じた。……足に矢が刺さったのだ。これではもう、走れない。意識もだんだん朦朧としてきた。
さんざん手こずらせやがって。そんな声が聞こえた気がする。でもそれ以上は、何も見えないし、聞こえない。
(もう、駄目かも)
死期が決まっていたも同然の人生だ。自分が死ぬことは掟によって決められていた。ただそれが少し早まっただけで。
(でも……こんなところで、死ぬわけには……だって、まだ、あの男を……)
意思とは裏腹に瞼が降りてくる。駄目だと思うのに、身体に力が入らない。
このまま死んでしまうのだろうか。フィオル達をこんな目に合わせた元凶がのうのうと生きている、この世界を置き去りにして。
それから、どのくらい時間が経ったか分からない。長かったようにも思えるし、短かかったようにも思える。
「……い、おいっ、大丈夫か?!」
こちらに駆け寄る濡れた足音と必死な男の人の声が聞こえた。
(この人、何を言ってるの?)
何が大丈夫か、だ。命を狙う人物の安否を確認するなんて、おかしな人。
フィオルが死ぬのを喜ぶ人間はいても、生きることを願ってくれる人はいない。
そんな絶望の淵で、意識はそっと眠るように途切れた。
自分はここで死ぬのだと、そう信じて疑わなかった。