ほどなくして、賊の一味は引き際が肝心と言わんばかりに撤退し、町から姿を消した。
クロム達が早々に対応していたからか、町の被害も最小限に抑えられたようだ。人々は早速町の修復に取りかかっている。フィオルは呆然とその光景を眺めていた。戦いは去ったのだと、ようやく実感する。
(終わった……)
魔導書を手に入れた後、クロム達と共に戦い、気付いたことがある。
(あの格好……私を追ってきた人達に似てる)
あの一味はペレジアの者だったのだろうか。ここは国境に程近い町だと聞いている。国境を越えてペレジアの賊がイーリスに侵入している、その意味は――。
「怪我はない?」
フィオルが考え込みそうになっていたところに、ひょっこりと顔を覗きこませてきたのは、傷の手当てをしてくれたツインテールの少女だった。杖を持っているところを見るに、シスターなのだろう。
「大丈夫よ」
「それなら良かったよ。でも、元々ケガしてたんだから、無理はしちゃダメなんだからね!」
「ええ……ありがとう」
フィオルが礼を言うと、少女はえへへ、と照れたように笑う。はにかんだ笑顔がかわいい。
「それにしても……魔導士さんだったんだね。知らなかったよ」
「え? あ……言う暇がなかったものね」
正確には、ペレジアの魔法使いは魔導士ではなくダークマージやソーサラーと呼ばれる。そして、それらの兵種は魔導に加えて呪術も扱えたりする。フィオルはあまり呪術を使えないのでどちらかというと魔導士に近い気がする。
(魔導書……武器屋に行かないと……)
使ってしまったので耐久度は下がってしまったかもしれないが、なけなしの所持金で何とか買い取らせてもらえるよう頼もう。
「全員無事か?」
「お兄ちゃん!」
剣をしまったクロムがこちらへと歩いてくる。その後ろには、やはり鎧の青年を付き人のように従えている。
四人の安否を確認し、ようやく安心したように緊張した空気が消えた。
「町、きっと元通りになるよね」
「そのことですが……賊はペレジアから流れてきた者かもしれません。襲撃が今回だけのものとは限りません。兵を派遣し、警備を強化した方がよろしいかと」
「そうだな……」
賊がペレジアの流れ者だと、勘づいている。鎧の青年はクロムに進言した。
フィオルは、そんなやり取りをパチパチと目を瞬かせて眺めるだけだ。
今の会話の内容といい、たった三人で賊に立ち向かおうとしたことといい、ただ者ではなさそうだ。
「ええと、あなた達は、一体……」
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
初対面でいきなり町が賊に襲われたのだ。名を名乗っている暇などなかったのだから仕方ない。
「俺はクロム」
「わたしはリズだよ!」
「フレデリクと申します。以後お見知りおきを」
会話の中で何度か名前が出てきていたので知る機会はあったが、全員の名前をようやくちゃんと知ることが出来た。
「フィオルです。どうぞよろしくお願いします」
名乗ると、少女――リズは嬉しそうに二つにまとめた髪を揺らした。
「フィオルさんだね、よろしく! 実はね……わたし達、イーリスを守る自警団なんだよ!」
「自警団?」
聞き慣れない言葉に、フィオルは首を傾げた。
よく分からないが、こうして賊を追い払ったりすることで国を守っているということだろうか。
「ええ。国を守るため、クロム様が設立なさったクロム自警団です」
フレデリクはにこやかにそう付け足した。
「そうですか……だから、国境近くにまでいらしたのですね」
普通、国境に近寄ろうとする人間はいない。――イーリス・ペレジア間の国境は特に。
国境にまで足を運んだのは、自警団での活動の一環だろうか。そのおかげでフィオルは助かったのだ。
「あそこまで近寄るつもりはなかったんだが……人が倒れているのが見えてな」
国境は背の低い草原になっているため、人が倒れていればすぐに気付くのだ。
逃げる時にはかなり不利だったが――クロム達に見つけてもらえてフィオルは幸運だった。
「ところで……お前、ペレジアのヤツらに追われていると言っていたな」
「ええ」
クロムがフィオルを見据える。事情について何か聞かれるのかと身構えたフィオルだったが、その後に続いた言葉は意外すぎるものだった。
「なら、俺達と一緒に来ないか?」
「……………………え?」
聞き間違いだろうか、と一瞬本気で思った。しかし、確かにそう聞こえたはずで、クロムも冗談を言っているような雰囲気ではない。
「その方が絶対良いよ! 女の子が一人だなんて危ないもん!」
リズはすぐさま同意した。もう一人、フレデリクは若干難色を示している。
「身元の知れない方を招き入れるのは少々危険だと思うのですが……」
「フィオルさんは危険なんかじゃないよ! 一緒に戦ってくれたし!」
「そうだな、賊から町を救うために戦ってくれたんだ。俺はフィオルを信じる」
リズとクロムが言ってくれたことに、感激でじんわりと温かい気持ちになる。しかし、その一方で騙しているような気もして罪悪感のようなものも感じていた。
三人はとても良い人で、助けてもらったことはとても感謝している。この気持ちに嘘偽りなどないが、クロム達はイーリスの者であり、自分はペレジアの王女である。その事実は決して変わらない。
「気持ちは嬉しいのですが……」
「嬉しいなら良いでしょ? 大丈夫だよ、皆一緒なら何も怖くないから!」
「ね!」と小首を傾げたリズはフィオルの手を取る。
――そこまで言われると、本当に大丈夫な気がしてしまうから困る。
勢いに押されるまま頷いてしまい、フィオルは結局、(半ば強引に)イーリスの自警団と行動を共にすることとなったのだった。