09
『その日は仕事だから授業参観に行くのは難しいかな。ごめんね。』
ママの入院する病院に向かっている途中、そんなメッセージと共に「ごめん!」と添えられたゆるい犬のスタンプがパパから送られてくる。
何だかタイミングが合わなくて授業参観についてパパに言い出せず、気付くと週末になってしまっていた。流石に伝えなきゃと思って、ダメ元でLINEしてみたけれど、やっぱりパパは仕事のようだった。そのメッセージに『りょーかい!』と添えられたうさぎのスタンプで返信して、スマホを閉じる。
「(一応持って来ちゃった……)」
ママは来られないと分かってはいるけれど『授業参観のお知らせ』と書かれたプリントを持ってきてしまった。しかし、来たくても来られない状況のママにそれを渡していいのか。歩いている途中にずっと悩んでいたが答えは出ない。悶々と悩み続けていると目の前に病院が見えてくる。
私はその辛気くさい顔を切り替えるように自分の頬を二度叩き、ママのいる病室へと向かった。
受付で面会の手続きを済ませ、ガラッと病室の扉を開けると、ママは先週私が持ってきたパズルに真剣な顔をして向き合っていた。
「祐佳ちゃんが来ましたよ〜〜〜」
「う〜〜〜〜〜んちょっと待って………」
どうやら手に持っている一ピースがどこなのか考えているらしい。眉間に皺を寄せながらそれの場所を探すママの横で、着替え等の荷物を片付ける。
荷物を取り出して軽くなった鞄から、チラッと授業参観のプリントが見えて、また悶々と悩み始めてしまった。どうしよう、ママに言うか、言わない方が良いのか。
しかしそんなタイミングで手に持っていたピースの場所を見つけたママが顔を上げる。
「………祐佳なんかあった?」
「え?………いや、なんもないよ!このタオルどこに置いてるんだっけなあと思って考えてた!」
何か悩んでいるという事をママに見透かされて、咄嗟に誤魔化してしまった。
これで完全に言うタイミングを逃したなと思ったけれど、多分その方が良いのだと思う。きっとプリントを渡しても「行けなくてごめんね。」と、パパのように気を遣わせてしまうだけだろうから。
私はママに気付かれないように、そっとプリントを鞄の奥に追いやり、いつものように今週あった出来事を話し始めた。
ママのお見舞いの帰りに偶然轟くんに会った事、期末試験に向けて苦手な数学を教えてもらうために出久くんと勉強会をする予定だという事や、卵焼きが丸焦げになった話も。
私の生活力が皆無なのはママも充分承知だからか、最後の話はすごく心配されたけれど、ママも病院であったことをたくさん話してくれた。
病院食が実はあんまり美味しくない事、担当の先生が変わってイケメンお兄さんになった事や、祐佳が持ってきたタオルがガサガサだったというクレームも。
「それはちょっと…柔軟剤を入れ忘れてしまって…」と言い訳をすると、益々きちんと家で生活できているのかをママに疑われてしまった。
これでも一応、ギリギリだけど、ままなっている。多分。
*
そんなお互いの日常を共有していたら、気付くと部屋には暖かな夕日が差し込んできていた。時間が過ぎるのが早いなあと思っていると、ママに「そろそろ帰らなきゃだね。」と言われ、自分の荷物をまとめ始めた。
ここで先週までの私なら、意気消沈としていただろうけれど、今日は大丈夫。
なんたって轟くんとの約束があるし、授業参観について話したい事もある。ママの病室から帰るのは毎回寂しいけれど、そんな心の支えがあるから今日は頑張れそうだ。
「じゃあママ、また来るからね。」
「うん。その轟くんって子にもよろしくね。」
「は〜い!じゃあ、ばいばい。」
ママに今日も轟くんと一緒に帰る事を話したら「え、なに!?その轟くんって彼氏?!!」と言われたが、まだ友達にさえなったばかりなのに早とちりがすぎる。
確かに、出久くん以外の男の子の話は滅多にした事がないけれど…。
でも先日、廊下ですれ違いざまに轟くんと話していたら、教室に戻った時クラスの女の子に「轟くんとどういう関係!?!!」と問い詰められた。
だから多分、彼はモテるんだと思う。端正な顔立ちだし、とても優しいし。
轟くんを好きな子はたくさんいて、その中で何の取り柄もない私が、彼とそういう関係になるなんて絶対無いなあ、と思った。
そんな事を思い返しながらエレベーターに乗り、スマホを開く。
するとタイミング良く、数分前に轟くんから『入口のとこで待ってる。』と一件の通知が来ていた。内心、忘れられていたらどうしようと思っていたけれど、そんなのは杞憂だったようだ。
エレベーターは一階へと到着し、扉が開く。私は少し歩調を速めて彼の元へと向かった。
2021/04 まだまだ遠いしょーゆちゃん