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 指定の船に乗り込み、探偵団を迎えに行けば彼らはひどく驚いていた。とはいえ灰原を除く彼らはすぐに対応して笑顔を見せてくれた。灰原の相変わらずの警戒心に沖矢は内心苦笑する。
「キミ、随分彼女に嫌われているんだね」
「それはあなたもじゃないですか」
「ええ?私も嫌われているのかねえ」
 はてさてととぼける彼女にニヤリと口角を上げる。中々に面白そうな人間だと、沖矢は改めて片桐に興味を持った。
 さて、程なくして一同を乗せた船は出発した。美しい夕陽が海に沈む様は幻想的である。誰もがその光景に見惚れていた中、不意に歩美がとんがった何かが海上にあると声を上げた。これは“一角岩”というらしく、近づけば船が沈められるという言い伝えがあるらしいが、この岩は子供好きなため折角だから近づいて見ようということになった。
「ほう、結構な大きさだねえ」
「そうですね」
 皆で壮観していたら、不意に一隻の船が近づいてきた。船には三人の若い男が乗っていて、しきりに何かを探しているようであった。どうやら彼らは最近この辺りで潜り始めたどこかの社長令嬢の取り巻きのダイバーらしい。彼らは漁の邪魔になっているようで、いつも困っているそうだ。
 漁師の苦言を他所に子供たちははしゃいでカメラを手にする。
「夕お姉さん!折角だから記念撮影しようよ!」
「そうかい。なら私が写真を撮ってあげよう」
「ええー!夕お姉さんも一緒に撮ろうよ!」
「私は写真が苦手なんだよ。……………ん?」
 ふと、片桐の視線が子供の背後に行く。
「どうしました?」
「ここ、何かが刻まれているね」
 サバ、コイ、タイ、ヒラメ。そう彫られている。なぞなぞか?と沖矢が眉をしかめたところで、不意に元太がダイビングの際に使うフィンを見つけた。誰かが片方だけ失くしたのかと思ったその時、沖矢は片桐に呼ばれた。傍らにはコナンもいる。
「どうしました?」
「あそこ」
 片桐が指差したのは、岩陰。彼女の肩越しに覗いてみれば何か置物らしきものを発見する。
「どうしたのコナンくん」
「何か見つけたんですか?」
「お前ら来んじゃねえ!!」
 咄嗟にコナンが子供たちの視界を遮ろうとしたが、遅かった。
 刹那、場は子供たちの悲鳴に呑まれた。岩陰に女性が倒れていたのだ。確認してみれば息はない。既に死んでいた。子供たちの目に触れないように片桐は遺体を調べたところ、これは事故よりも故意に誰かに置き去りにされた可能性が出てきた。検分の手際の良さは流石としか言いようがない。コナンから又聞きでしかなかったため、沖矢は正直なところ片桐の頭脳をあまり信用していなかったのである。が、やはり彼女は警察官だった。


 数十分後、神奈川県警の横溝がやって来た。同じ警察官とはいえ本庁所属の片桐と彼は面識がないらしく、程々の挨拶のあとに事件の概要を繰り出した。
 被害者の所持品も岩を彫った腕時計も発見済みである片桐とコナンの調査力に横溝は目が点状態だった。
「し、しかしそれだけでは女性の身元は分からないのでは?」
「いや、分かるよ」
 それと同時に容疑者も浮上する。
 被害者は赤峰光里。容疑者は大戸六輔、青里周平、開田康次。被害者の金融会社社長令嬢、赤峰光里お嬢様の取り巻きのダイバーたちである。
「コナン君とは仲が良いんですね」
 事件の推理中にも関わらず沖矢は片桐に話しかけた。片桐はコナンに説明の一端を任せ、少し後ろで見物していたからだ。とても警察官のすることとは思えない。
「彼は小学一年生でしょう?何故任せるんです?」
「キミ、江戸川クンと親しいらしいね?」
「ええまあ」
「だったらキミも、彼の推理力を理解しているのではないかね?」
 それは分かる。彼の並外れた推理力が普通でないことくらいは身を持って知っていた。
しかし、それだけで子供にこんな場所を任せるなんて正気の沙汰とは思えない。
「もしかして片桐さん、何か企んでいます?」
「企んでいるだなんてとんでもない。ただ彼の推理力に感服し、場を譲っているだけだよ」
「ほう、“ただの”小学一年生にですか」
「そうだね。“ただの”小学一年生に、だ」
 薄っすらと、片桐の目が開かれる。(………?)その時、沖矢は奇妙な既視感を覚えた。しかしそれが何を意味するのか理解できぬまま、沖矢は彼女の鋭い視線を受け止めるしかなかった。
 両者の穏やかな腹を探り合いは、事件が進展するまで続いた。