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「あっ」
 帰り道、ふと片桐が声を上げた。彼女の視線を辿った先には痩身の男性がいた。警視正の寺尾だ。趣味は紅茶の茶葉集めらしく、その紅茶愛は警視庁内でも有名だ。彼と松田の間に縁はないものの、相手は警視正ということもあって一方的に彼のことを知っていた。
「やっほーおっちゃん!」
「おっ…!?」
 警視正に対しなんて口の利き方だ。思わず血の気が引いたが、彼女の掛け声に気づいた寺尾は気にすることなく「よォ」と手を挙げた。
「相変わらず部下の心労に響くマネしてるみたいだな」
「酷いなぁ、私は私が必要だと思うことをただやっているだけさ」
「そうかよ。それからここで俺のことを気安く呼ぶのはやめろ。お前の部下がびっくりしてるぞ」
 寺尾の言葉に漸く思い至ったのか、片桐がこちらを振り向いた。
「ああ、松田クンにはまだ言ってなかったかな?」
「おれとこいつはちょっとした仲でな…日本警察に入ってみないかとこいつを誘ったのもおれなんだ」
「は!?」
「昔、アメリカで暇だ暇だとこいつが喚いていてな。そんなに暇ならお前の頭脳をおれが有効活用してやるって口説いたのさ」
 何もかも初耳である。だが、こんなちゃらんぽらんが何の理由もなく自らの意思で公務員になるとも思えない。彼の話は松田を納得させるに充分な内容だった。
「で、どうだ調子は」
「まあまあだね。かくれんぼも鬼ごっこも面白いよ」
「そうかよ。そっちも大概にして少しはマジメに仕事もしろよ」
「はいはい」
 中学生と親戚のやり取りかこれは。意外と緩い警視正にもつい呆れてしまうが、溜息だけはなんとか抑えた。すると「ああそうだ」と急に寺尾が視線を移すものだから、松田は慌てて背筋を伸ばした。
「こいつ、何考えてんのか分かんねえ時もあるだろうが、まあ好きにさせてやってくれ。理由なく変なことするような奴じゃねえから」
「は、はあ…」
 説得力があるようでない。だが警視正の言葉を無碍にもできないため、松田は微妙に頷くことしかできなかった。
 それじゃあなと寺尾が言うと片桐は緩く手を振った。結局二人がどんな関係が聞いていなかったことを、松田は勤務が終わってから気がついた。