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 そのとき。
 その時、松田は見た。片桐の胸元。インバネスケープの表面。生き物のように動く赤い点。
 レーザーポイントだ。
「ッ片桐!!!」
 銃を向けられていることも忘れ、松田は片桐に手を伸ばした。片桐の目が見開く。押した衝撃で彼女のディアストーカーが地面に落ちた。
 瞬きの間。ぱぁんというひどく軽い音と共に、松田の腹部に灼熱の感覚が奔った。
「――」
 倒れる間にもう一つの銃声。次いで、誰かが倒れる音。片桐の舌打ち。
「Damn it…!」
 (こいつの英語聞いたの何気に初めてだ)ぼんやりする頭で、そんなことを考える。
 二度目の襲撃はない。多分、片桐が倒したのだろう。彼女の第二関節にはタコができていたし、射撃の腕はきっと松田よりも上だ。
「…馬鹿だな、何故庇った」
 一言そう呟くと、片桐は静かに応急措置を始めた。手早かった。痛みが不規則に起こる中、彼女の疑問に息も絶え絶えにならながらも答える。
「…おまえを…っ、助けたいと、思ったからだ…」
 片桐は困ったように眉を下げた。「―嗚呼」悲しみに暮れた、表情だった。
「スコッチの言ってた通りだ」
「…?」
「ああ、スコッチが誰なのかは降谷クンに訊けば分かるよ」
 片桐は薄氷の瞳を松田に向ける。あの時、公園で彼女の掌を手当てした時と同じような気色をしていた。またこれが見られるとは、正直松田は想像もしていなかった。胸が締め付けられた。

「最初にわたしを助けたのが、きみだったら良かったのに」

 涙はなかった。だが松田には、片桐が泣いているように見えた。「さあ、お別れだ」彼女は立ち上がった。
「ま……て…」
「そうそう、これ、冥土の土産で貰ってくね」
 片桐は地面に落ちていた松田のサングラスを拾ってかける。案外似合っていた。薄氷の瞳は姿を隠し、いつも通りの三日月模様の薄桃色しか窺えない。
「じゃあね松田クン」
 片桐は踵を返した。手を伸ばしても、もう届かない。もう、待ってはくれない。
「い、くなっ……――夕…!!」
 いつかの、己から軽やかに去って行った彼女の背中を思い出す。あの時は手が届いた。あの時は触れられた。そう、あの時のように、自分から軽やかに去る彼女を追わねばならない。
 そう思うのに、体が動かない。心とは反対にひどい眠気に襲われ、松田は意識を手放した。