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 松田が次に目覚めた時、最初に見たのは白い天井だった。暫くその存在をただぼんやりと確認していたが、記憶が段々とはっきりしてきた。
「片桐!」
 がばりと起きれば腹に刺すような痛み。
「おい馬鹿動くな。まだ完治してないんだぞ」
 唐突な第三者の声に肩が跳ねる。気配に気づけなかった。声がしたほうにそろりと目を向ける。
「降谷!?」
 壁にもたれかかってこちらに視線を注ぐ降谷零。普段彼は安室透として生活しているのに、今はどういうわけか素だった。
「お前、どうしてここに」
「同期の心配くらいしても良いだろ。それになにより、お前は組織の幹部に接触したしな。事情を聞かないわけがない」
 その一言は松田の胸を抉るのに充分だった。
「…、お前の気持ちは理解できなくはない。だが時間は限られてる。警察が組織の幹部の潜入を許したなんてあってはならないことだ。早急に他にスパイがいないか洗う必要がある。…彼女をスカウトした寺尾警視正への捕縛令状は既に申請中だ」
 それに返事はしなかった。降谷の中では既に片桐夕は敵なのだろうが、松田の中では違う。彼女は昨日まで共に命を懸けて仕事をして、共に帰路に着いて、共に鳥の話をして、共に笑いあった仲間だった。そしてなにより、自分の、命の恩人だったのだ。そんな簡単に、切り替えられるわけがない。
「…匿名の通報だったそうだ」
 脈絡のない言葉に、顔を上げる。
「119番通報したのは、女性で、匿名だった。今科捜研が声紋解析をしている」
 間違いなく片桐だ。松田は確信した。あの時彼女は自分に銃を向けていたが、なんだかんだで殺す気などなかったんだろう。そうでなければ松田を応急処置したり、救急車を手配しない。
「ところで松田、お前どうして彼女のことを調べようと思ったんだ?」
 単純だが尤もな問いに松田は「ああ…」と言葉を漏らす。「沖矢って大学院生がsisについて教えてくれてな…」と言った直後、降谷の空気が変わった。
「沖矢、だと…?」
 これは、間違いなく怒っている。「赤井ッ…!!松田をそそのかしたのか…!」待て誰だそれは、何の話だ。訊ねようとしても降谷は聞く耳を持たなかった。そういえば片桐も赤井という名を口にしていたような――。
「あ……」
 そこでふと思い出す。「なあ降谷」何気なく訊ねた。
「スコッチって誰だ」
 その酒の名を口にした途端、降谷の表情が変わった。壁から起き上がりツカツカと靴を鳴らしてベッドの脇まで来ると、降谷は松田の両肩を思い切り掴んだ。
「あいつが…片桐がそれを言ったのか!?」
「!? あ、ああ…『スコッチの言った通りだ』って」
「言った通り…?」
「俺がお前を助けたいと思ったからだっつって言った後に…その名前を口にしたんだよ。お前に訊けば分かるって」