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「やれやれ、私まで行く必要があったのかい?」
「あなた仮にも警察の人間でしょうが…」
 現行犯で逮捕してくださいよと呆れながら窘めれば、仕方がないねと片桐は愉快げに笑った。そんな横顔にこの人は本当に警察官なのかと疑いたくなった。以前から思っていたが、この人はもう少し真面目に仕事に臨むべきだ。
「時に安室クン」
 宅配車を探す中、片桐は外を見ながら口を開いた。
「キミ、好い人でもいるのかい?」
「…………は?」
 突然の発言に思わず素が出た。きっと自分は間抜けな顔をしているだろう。慌てて引き締めようとしたが、表情筋はまだ引きつっていた。「な、何ですか急に」声の震えは最小限になるよう努めた。
「わずかにだが香水…いや、これは化粧かな?の甘い匂いがしてね」
 一瞬、安室から完全に表情が消える。
「それからここ、リトラクターに一本だけ金糸が巻き付いているよ」
 指摘されシートベルトの取り巻き部分を見てみれば、確かに長い金髪が挟まっていた。
「…………おそらくこの間の依頼者のものでしょう。その方は女性で、ストーカーに悩まされていたんで僕が車で自宅まで送り届けたんですよ」
「なんだつまらないな。浮いた話の一つや二つ、あっても良いだろうに」
「いや二つもあったら駄目でしょう」
 ふむそれもそうだね、だなんて呑気に頷く片桐を一瞥し、安室はこっそり息を吐いた。連日忙しかったから証拠隠滅を疎かにしていたらしい。気をつけなければと安室は気を引き締めた。
 なんていったって、その金糸は、安室がスパイとして潜入している組織の幹部のものなのだから。
「安室クン、先程の路地を曲がりたまえ。宅配車があったような気がするよ」
 彼女がたとえ安室と同じような警察官だったとしても、組織のことを勘づかれるわけにはいかない。
「…分かりました。飛ばしますね」
 なんとしても隠し通さなければいけない。安室は決意を固くした。