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「そもそも何故私が警察に入り込むことができたと思う?」
「寺尾警視正が…口添えしたからじゃないのか?」
「それだけじゃあ普通は無理だ。いくら警視正の知り合いだからといって、厳しく経歴を洗うに決まっているだろう?」
 片桐は窓の外に視線を投げた。松田もつられてそちらを見たが、陽光が目に刺さって痛かった。
「CIRO(サイロ)」
 不意に出てきた単語に、暫く降谷と一緒に目を丸くした。「ああ、日本人にはこちらの名称のほうが馴染みがあるか?」片桐は済まなかったねと詫びる。
「内調だよ」
「!?」
「まさか…そこにも…?」
「そうだ」
 内閣情報調査室。通称、内調と呼ばれるそこは内閣官房の内部組織の一つであり情報機関である。片桐が騙ったMI6とほぼ同等の組織だ。
「経歴詐称っていうのは情報操作だ。そこの協力なくして潜入できるわけがないだろ」
「……」
 ちらと降谷の顔を盗み見る。茫然自失、という言葉が似合っていた。ただの警察官である松田でさえ衝撃を受けたのだ、公安に所属する彼がそういう風になるのも無理はない。「だから暗殺されたくなければ今すぐ申請を取り下げるんだ。そのほうが賢明だと、私は思うがね」片桐の指摘を受け、降谷は悔し気に顔を歪ませると端末を操作して風見にメールを送信した。
 やがて端末をポケットにしまうと、降谷はどういうわけか松田を一瞥してから片桐に顔を向けた。
「……片桐、俺と取引しないか」
 それは誰も予想していなかった発言だった。
「お前が組織の人間だということは黙っていてやる。籍もそのまま捜査一課に置いてやる。無論組織にも何も言わないでいてやる。だから公安に協力しろ」
「降谷、それは…」
「私に二重スパイをやれと?」
 嫌だね、と片桐は言った。
「いや、お前は断れない」
 しかし降谷は頑なだった。何故そこまで自信ありげに断言できるのか松田は分からなかった。片桐もどうやら同じらしく、ぐっと唇を引き締めた。
 降谷は続ける。
「お前は俺よりも組織の恐ろしさを知ってるだろう?」
「!」
「組織の情報を知った者は誰であろうと殺される……それがどういう意味なのか、分かる筈だ」
 そこで松田は降谷の考えが分かった。(こいつ…俺をダシにするつもりか)やはり彼は侮れない。
「俺は公安の犬で、ノックだ。いつでもこいつの傍にいられるわけじゃない。片桐になら松田を任せられると思ったんだがな」
「……最低だな、お前」
「ふ、意外と口が悪いな。そっちが素か?」
「お前に言われたくないんだよ」
「まあそれに、松田に片桐を見張っていてほしいっていうのもある」
 それ絶対ついでだろと思ったが、口には出さなかった。それで余計に片桐が断ろうとしたら困るからだ。