純黒の悪夢/中編

 携帯端末の電源をオンにする。
「うわ」
 とんでもない数の通知が来ていた。全て同一人物である。「暇なのか?彼は」思わずそんな言葉が漏れた。
「ちゃんと連絡してやれ」
「キミに言われなくとも。…ああここで停めてくれ」
 適当な場所で車から降りる。赤井に自宅を知られるわけにはいかない。
「今日はありがとう」
「気にするな。お互い様だ。キュラソーのことで何か分かったら連絡してくれ」
「……当然のように言うんだねえ」
 ともあれ断る権利を苗字は有していない。分かったよとうんざりした口調で述べて、赤色の車を見送った。と同時に端末が震える。
「やあ松田クン、元気かね?」
<今どこにいる>
 怒りを抑えた声音だった。それには素知らぬふりをする。「キミこそ今どこに…」タブレット端末を操作していた手が、止まる。液晶に示された彼の現在位置の周りに、気になるGPSの表示があったのだ。
「――何故FBIと一緒にいる」
 松田の息を呑む音が聞こえた。
「答えろ」
<自分のことを棚に上げてよくそんなことが言えるな>
「なあキミ、これは命令だ。今すぐ答えろ」
<……、お前、今日俺に黙って有給休暇取ってたろ。降谷のこともあるし、何かあると思ってこの人たちに協力してもらってたんだ>
 只ならぬ空気を察してか、松田は静かに答えた。だがそこには屈服の意はない。答えろと促されたから答えただけだという意思が、ちゃんと存在した。おそらく彼は苗字の次の言葉を予測している。
「キミはこの件から手を引け」
<嫌だ>
 やっぱりかと内心舌を打つ。
<何で一人で行こうとするんだ>
「これはキミの手には余るし、そもそも“一般人”が関わって良い案件じゃない」
<…俺の知らないところでお前が危ない目に遭ってるかもしれねえってのに、呑気に待ってろってのか――そんなこと、言わないでくれ>
 それは、松田の切実な願いだった。電話越しでも分かった。理解できた。理解できて尚、苗字は言った。
「家にいて」
 私の帰る場所を自ら潰すような行動はやめてくれ――そんな言葉を飲み込み、苗字はただ冷淡に告げた。
<っ名前…!>
「いいね、いるんだ。余計なことはするな。分かったね?」
 <待て――>会話を続けようとしていたが苗字は無理やり電話を終了させた。
「さて」
 仕事が山積みだ。

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