純黒の悪夢/中編

「くそっあいつ……」
 一方、制止を待たずに切られた電話に悪態をつくのは、先程苗字に振られた松田である。
「私たちの所為よね。ごめんなさい」
「ジョディ先生が気にすることないよ!」
 FBI捜査官のジョディ・スターリングの萎れた声にすかさずフォローを入れる小学生・江戸川コナン。そんな二人のやり取りを一瞥し、「松田君」と声をかけてきたのはジェイムズである。
「若者の関係に亀裂が生まれるのは、こちらとしても好ましくない。私も、君には手を引くことをおすすめするよ」
「…お心遣いありがとうございます。ですが、何も知らずに呑気に待てるほど、俺の気は長くありません」
 松田の心象を理解していたのだろう、ジェイムズは然程驚かなかった。ただ困ったように眉をハの字にし、ふうむと唸っただけであった。
 松田は別に苗字が意地悪でああいうことを言ったとは思っていない。こちらの身を心配して出た言葉であることは分かっていた。だがそれに素直に従い、ただ待つだけでは彼女はどうなる?何故彼女の身を案じる人間は誰もいない?彼女自身でさえも自分に降りかかるかもしれないリスクに関しては軽んじる節がある。
「ちっ…」
 そういうところが、気に食わない。
「とにかく、公安が動いたってことはあの女の人はやっぱり組織に関係している人っていうことなんだよね?」
「まあそうなんだろうな。苗字も動いてるし、近日中に何かしらのデカい案件があるんだろう」
 コナンの空気を変える為の発言に、松田も乗る。
 ノックリストに関する情報を掴んだとされている銀髪の女は、公安に連行された。松田はコナンたちを経由して彼女を一度だけ見たことがあるが、とても組織の人間には見えなかった。(いやまあ、あいつのことがあるし、見た目は当てにならねえか)松田だって苗字が反社会組織の一員などと想像だにしなかったのだから。
「あの女記憶喪失なんだろ?だとするなら、抜き取った情報が本物なのか、公安は確認するんじゃねえの?」
「ええ、そうでしょうね」
「記憶を戻す必要があるわけだが…」
 その方法はどうするのか。生憎松田はその手の治療法には疎いため、想像が難しい。
 車内は沈黙に包まれた。

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