勝負はいつでも全力で

 諸伏は思わず二度見した。
「河南ちゃんすげー!!」
「おれボールあんなに速く投げられねーよ!」
「河南ちゃんくらい大人になったらできるようになるかな?」
 ネットが貼られた共用グラウンド。河南はそこで子供たちに囲まれていた。そして彼女らのいるその先には、どうしてなのか大穴が空いたネットが。ネットはところどころ焼け焦げて、向こう側にある塀まで何かが貫通した跡があった。
「河南ちゃーん、あのオジサンこっち見てるぜ?」
「キモーイ」
「ショタコンなんじゃね?」
 なんて言葉遣いの子供たちなのだ。
「ああ…あれは私の下僕だ」
「げぼくってなにー?」
「下っ端のことだ」
「違うんですけど――ッ!?」
 思わずつっこめば子供たちは「怒った!」「みんな逃げろ!ゲボクが怒ったぞ!」と蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「ちょっと河南!なに余計なこと子供に吹き込んでんの!?」
「何もおかしなことは言ってないが…」
「俺はいつから君の下僕になったのかな!?俺らは対等な関係だった筈なんだけど!!」
「…??」
「首傾げんな!!」
 そんなツッコミも程々に、諸伏は疲労から溜息をこぼす。「ていうかさ、何でネットと塀に穴が空いてんの?」気を取り直し先程から気になっていることを訊ねてみた。河南は何でもないような顔をして答えた。
「ボールを投げたらそうなった」
「なんねーよッ!!」
 相変わらずの馬鹿力に顔面蒼白になる。
 ――そんな折。
「あれれー?お姉さんとお兄さん、この前ポアロにいた人だよねー?」
 無害そうな子供の声。振り返ってみると、以前ポアロで横の席にいた眼鏡の少年がいた。少年は嬉しそうに何してるの?と訊ねる。
「誰だ貴様は」
 それは返答ではない。子供相手にも通常運転な河南に呆れながら「特に何もしてないよ」と諸伏が答えた。
「もしかしてグラウンド使いたかった?ごめんな、お兄さんたち邪魔だろ」
「邪魔なんて!それにボクはサッカー派だから問題ないよ!…ところでさ、お姉さんって銀行強盗を退治したお姉さんだよね?」
「最近は銀行強盗ネタが流行っているのか?皆、そのネタで私とお近づきになろうとしている。大串もそうだった」
「いや誰だよ大串って」
「ネタじゃないよ!お姉さん覚えてないの?銃をパンパン撃ってたじゃない!」
 嘘だろ、と表情が物語っている少年の顔を一瞥し、諸伏は思考を巡らせる。この少年、そういえば最近安室透と行動を共にしている少年だったのだ。子供のそれとは思えない洞察力と推理力に一目置いていたことを松田も語っていたような気がする。
「本当に覚えてない?嘘ついてない?」
「さあな。どちらでも良いことだ」
「……じゃあこうしようよ。今からボクと勝負して、ボクが勝ったら正直に答えて」
 とんだ自殺行為だ。この子供、自分の言っていることを理解しているのか?
「種目はボクの得意なサッカーで良いよね!」
「私は構わんが」
「じゃあ決定!あっちにゴールがあるから行こう!」
「ちょっ…待てって!おい河南!」
 諸伏は慌てて彼女を引き留める。
「お前子供相手に本気でやるつもりじゃないだろうな?」
「ふん、何を言っているんだ貴様は」
 河南は、得意げに笑った。