拳で語れば問題ナシ

 予定時刻になった。諸伏は少し間を空けて河南の後を追っていた。多分尾行に気づかれているだろうが、河南がこちらを振り向くことはなかった。
 現在地は米花町でも治安の悪いゲームセンター近辺だ。成程、確かに喧嘩をするにはもってこいの場所だ。周囲にはガラの悪そうな男子学生たちがたむろしている。まさか河南がこんなチンピラ崩れの者たちにやられるわけがないと信じているものの、心配を抑えきれない。これも同じ屋根の下で暮らしてきたが故の情だろうか。
 そんなことを考えながら彼女の背中を追いかけると、やがて裏路地に入った。この先は寂れた空き地しかない。やはり荒々しい喧嘩になるのだろうか。いざという時は割って入るつもりだ。
「多分河南は怒るだろうけど」
 そんなものは関係ない。諸伏が何よりも第一に考えるのは彼女が無事であるか否かだけなのだから。
 暫くすると複数の男の声が聞こえてきた。多対一で女性を嬲るなど悪趣味である。思わず飛び出しそうになったが、壁に隠れて聞き耳を立てる。
「貴様らは…」
 河南の一考している声が届く。
「この間はよくもやってくれたな」
「借りを返しに来たぜ」
「ふん、随分お仲間がいるみたいだな。いくら仲間を集めようが私には敵わん」
「デカい口叩けるのも今の内だぜこのアマ!さぁ!勝負だ!!」
 まずい!諸伏は咄嗟に物陰から飛び出した。

「今回俺が使うコマはこれだ!」
「おー!出たぜかっちゃんの最強のコマ!」
「こいつを使って一度も負けたことはない!さぁどう出る!?」

 ――は?コマ?
 よくよく彼女らを観察してみる。河南たちは各々コマを持ってドラム缶を囲っていた。
「いやコマ回しかよ!!!」
「あぁ?何だあのにーちゃん」
「……やはり来ていたのか」
 呆れた声を漏らす河南は、困惑する諸伏にこの状況を説明してやるつもりはないらしい。
「な、何してるんだ君たちは」
 仕方がないので諸伏が男の子たちに質問する。
「は?オッサン知らねーの?コマ回し」
「おっ…!?いいか、俺はこう見えてもまだギリギリ二十代…」
「かっちゃん一回河南ちゃんにコマ回しでボロ負けしたからリベンジしてんだ」
「テツオ!てめえなに勝手に言ってんだよ!」
「てかお前何であの女のことちゃん付けしてんだよ」
「べッ別に何だって良いだろ!?」
 少しだけ頬を染めて声を荒げるテツオ。(なんだこりゃ…)諸伏に一気に脱力感が襲いかかる。
「へっまあ良い!おい河南!やるぞ!今日の為にオレは沖矢さんから手解きを…」
「私の勝ちだな」
「あああああああああ!!!」
 あっという間に一戦終えた河南はふふんと得意気に口角を上げた。
「修行が足りん」
「ちくしょー!次は負けねえからなー!」
 和気藹々と語り合う河南らに、諸伏は一言。
 ――あーもー勝手にやってろ。