胃薬とか常備してる奴いるの?

 ――夜。諸伏はあるところへ電話をかけていた。
「ああ、ああ……いやうん、ちょっと気になってな…」
 電話の相手は相変わらず何を考えているのか分からない声で、諸伏の問いに淡々と答えた。予想だにしていなかった回答に、諸伏は思わず声を荒げる。
「何でそれを俺に言わない!?」
〈言ったところで君に何かできるのか〉
 尤もな言葉にぐっと押し黙る。彼が諸伏にその任務について告げなかったことは、おそらく正しい行為だ。
 相手は諸伏が落ち着いた頃を見計らい、言葉を続ける。
〈とにかくこの件については一段落ついた。大事になるようなら、また伝えよう〉
「……済まない」
 何もできない自分が歯痒い。
「ミステリートレイン、か」
 あの時の安室は、バーボンになる直前だったのだろう。だから気が立っていたのだ。河南の言う通り、戦場に行く前だから。
 どうして気づけなかった。
「あいつに何か言われたのか」
「わああああ!?」
 音もなく現れた河南に思わず仰け反る。
「だから!何で気配消すの!?」
「鈍い貴様が悪い」
「そりゃそうだけど…!」
 今その言葉を受け止めるには、心が整っていない。河南の言うことは正しい。鈍感なほうが悪い。真実は自らが行動することによって掴めるものなのだ。誰しも必ず申告してくれるわけではない。――生存を隠す諸伏のように。
「河南の言う通りだよ。俺は本当に鈍感で……ってまだ話の途中なんだけど!?どこ行くの!?」
「奴のところだ。どうせあの眼鏡が奴なのだろう」
「……一応訊くけど、何しに行くんだ?」
「なに、貴様が世話になったみたいだからな、礼をしに行くだけだ」
 お礼参りというやつか。河南らしい発想だ。
「いや絶対駄目だからね?」
 勿論止めるが。
「ならばどうするのだ」
 そう述べて振り返った河南の目は、少しだけ苛立ちの色をしていた。思わぬ感情に面食らう。
「…、ごめんな」
「そんな言葉は聞きたくない」
 つん、とそっぽを向く河南。
「決められる内に決めろ。後悔したくないならな」
 それだけ告げると河南は出ていってしまった。呆れられてしまっただろうか。最近なんだか上手くいかないなと、溜息が漏れる。
「…俺だって早く解放されたいよ」
 誰にも届かないそれは、黒い空に消えていった。