欲張りに生きとけ

「…料理は誰かに習ったのか」
 意外にも会話をする気のある河南は、悶々としているコナンを一瞥して蘭に話しかける。まさか話題を振られるとは思ってもいなかったのか蘭は「あっいえ」と若干声を震わせた。
「母が料理下手で………それに出て行っちゃったし、私が仕方なく…」
「そうか」
 何の感慨もなさそうな平坦な声。そこで漸く色々と納得したコナンが会話を引き継ぐ。
「河南さんは料理しないの?」
「必要ないからな」
「いつも外食?」
「……最近はヒカルの作ったものを食べている」
「じゃあ前は外食ばっかだったんだ」
 ニヤリと笑えば、何をそんなに嬉しそうなんだとばかりに河南が目を合わせてきた。
「料理なんてしたい奴がすれば良いだけの話だ」
「行きつけのお店とかあるんですか?」
 蘭が訊ねれば彼女は傾けていた湯呑を置いた。瞳は少し、遠いところを見ている。
「行きつけというほどではない。世話焼きのババアがうるさくてな」
「そ、そんな言い方しなくても……」
「…あの店が今までで一番よく行っていた」
 その時。
 コナンは彼女の雰囲気が一瞬、ほんの一瞬だけ変わったのを感じた。これは何なのだろう。先程の発言からしてその店とやらにはもう行っていないということが分かる。それが何か関係しているのだろうか。
「………上の階には汚いニートとチャイナのガキとメガネと人食い犬がいて不快だったな」
「なにその情報過多!!!」





「本当に申し訳ありませんでした!!」
「いえいえ、気にしないでください」
 夕方、ヒカルが河南を迎えに来た。蘭がたくさんの料理を出したと知った途端平身低頭になる彼の姿から、普段から彼女の食事の量に悩まされていることが察せられた。
 コナンは二人の姿を一瞥して河南へと視線を戻す。彼女は夕焼け空をじっと睨みつけている。彼女の為にヒカルは頭を下げているというのに、報われないものである。
「………ねえ、河南さんが生まれたところったどんなところ?さっき言ってたお店って河南さんの故郷にあるの?」
「質問の多いガキだな」
 辟易した声に苦笑すれば、彼女は鼻を鳴らしてまた空を見上げた。
「故郷ではない。あれはきれいなモノもきたないモノも蔓延る町にあった」
「?」
「……不愉快だったが、青い空があってな…そこだけは唯一肯定できる町だ」
「青空なんてどこにでもあるよ」
 当然のことを口にすれば河南は首を振る。
「この世界じゃそうだろう」
「……どういう意味?」
「知る必要はない」
 そこで丁度ヒカルが河南を呼ぶ。まだ話したかったが彼女はコナンを一瞥さえせずに踵を返してしまった。「なんか変わった人だったね」感慨深く呟く蘭の言葉に、思わず頷く。
 コナンは、なんとなく自分は河南という人間に対し思い違いをしていたのではないかと思った。